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企業の活動において、労働者の安全と健康を守ることは最優先事項の一つです。
労働環境を適切に維持し、労働者の安全を確保することは、法的な義務であり、企業の持続可能な成長にも直結しています。
本記事では、労働安全衛生規則の概要とその具体的な内容、さらに2024年の改正について詳述します。
【本記事のポイント】
そもそも、労働安全衛生規則とは、労働安全衛生法を主法律とするものであって、厚生労働省が定めた省令です。
元々、労働安全衛生法の内容は、労働基準法の中に規定されていました。
しかし、高度経済成長期において過酷な労働環境が問題視されるとともに、業種や業態ごとの労働環境に応じた安全・衛生環境の基準があいまいでした。
そこで、労働安全衛生規則は、労働安全衛生法(以下「法」といいます。)の規定を具体化し、事業者が日常的に遵守すべき基準が整備されました。
労働安全衛生法と関連法令は、1972年に制定され、「労働者の安全と健康の確保を図るとともに、快適な職場環境を形成する」ことを目的とし、企業の安全衛生体制を規律しています。
そもそも法というものは、労働者の安全と健康を確保するために、企業に対して幅広い義務を課しています。
その中には、労働環境のリスク評価と適切な予防措置の実施、定期的な健康診断の提供、そして労働者への安全衛生に関する教育が含まれています。
たとえば、第22条では労働者が危険にさらされる恐れのある機械を使用する場合、事業者は適切な保護装置を設置するなどの措置を講じることが求められます。
労働者が安心して働ける環境を提供し、労働災害を未然に防ぐことを目的です。
労働安全衛生規則は、安衛法の下位法規として法律の抽象的な規定を具体化し、実務に適用しやすくするための詳細なガイドラインです。
この規則は、労働者が安全かつ快適に働ける職場環境を保証するために、事業者が取るべき具体的な措置を明文化しています。
たとえば、通則規定では安全衛生管理体制や教育を義務付け、労働者の安全意識を高める指導が求められます。
また、安全基準では機械使用時の防護措置、足場の設置、安全装置の装備を規定し、衛生基準では有害物質の管理や保護具の提供、作業環境の維持が義務化されています。
これらの細部にわたる規定により、事業者は法的な責任を明確にし、実際の作業現場で安全対策の徹底が必要です。
労働安全衛生規則は、全部で678条の条文から成っており、細目的に様々な基準を定めています。
通則規定は、労働者全体に共通する安全衛生に関する基本的な指針のことです。これには、安全衛生管理体制、教育、就業制限などが含まれます。
安全基準は、機械、火災、電気などに関連する危険の防止措置を定めた部分です。
機械については、機械のカテゴリーや種類ごとに危険防止のための措置や基準が定められているほか、危険性のカテゴリーとして爆発や火災、電気に関する作業における安全基準が定められています。
他にも、作業内容や周辺の環境から想定される危険に対する様々な安全基準が定められています。
それぞれの労働現場において事故が発生しないよう、事業者が講じるべき具体的な措置が記載されています。
衛生基準は、労働者の健康を保持するための基準で、有害物質への対応や保護具の使用、休養に関する規定を含んでいます。
特別規制は、事業者の労働環境を直接支配する立場にはないけれども、機械や建築物などを貸与する場合の事業者に関し、取引先に機械等を貸与する場合の点検や備えるべき設備などの基準を定めています。
全体の構造としては、次のように整理することができます。
通則規定 |
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安全基準 |
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衛生基準 |
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特別規制 |
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労働安全衛生規則全体の構造について把握しましたが、ここからは各規定の部分について具体的な内容を解説していきます。
・安全衛生管理体制
労働安全衛生規則では、事業場には一定の規模に応じた安全衛生管理者を置き、安全衛生に関する業務を計画的に行う義務があります。
これにより、労働環境の安全が持続的に確保されます。
一定の業種・一定規模以上の従業員数がある場合は、総括安全衛生管理者の設置が必要です(法第10条第1項、政令第2条)。
これを受けて、労働安全衛生規則では、総括安全衛生管理者の選任(規則第2条)、統括管理すべき業務内容(規則第3条の2)などを定めています。
また、総括安全衛生管理者が当該企業の業種などに応じて選任する安全管理者及び衛生管理者について定めています(安全管理者について規則第5条及び第6条、衛生管理者について第7条から第12条)。
安全管理者については、大学や専門学校における理系の課程を卒業した者などで、2年以上産業安全の実務経験があり、厚労省の定める研修を修了した場合や、労働安全コンサルタントの有資格者などであることが必要です(規則第5条)。
衛生管理者については、医師、歯科医師などの資格が求められます(規則第10条)。
業種問わず重要なものとして、産業医が挙げられます。産業医は、業種を問わず常時50人以上の労働者を使用する場合に設置が必要です(法第13条第1項、政令第5条)。
産業医の選任についても、選任の期日などが労働安全衛生規則において定められています(規則第13条)。
・安全衛生教育
規則第35条には、事業者は労働者の雇い入れ時、あるいは作業内容の変更時に、必要な事項について安全衛生教育を実施する義務があります。
この教育は、作業内容や危険性に応じて適切な知識を提供するもので、労働者が自身の安全を守るための手段を学ぶための重要なプロセスです。
また、特に危険性・有害性がある業務においては、専門的な知識などを含む特別の教育を行う必要があります(法第59条第3項、規則第36条)。
たとえば、次の例が挙げられます。
【アスベスト(粉じん)取り扱い作業】
アスベストを含む建材の除去作業では、労働者がアスベストの有害な影響を受けないように特別な教育が義務付けられています。
この教育には、アスベストの特性やその健康への影響、適切な除去手順、安全装置や保護具の使用方法が含まれます。
教育を受けた労働者は、有害な粉じんの吸入を防ぐために必要な予防措置を理解し、効果的に作業を実施することができます。
【放射線業務】
原子炉などで放射線を取り扱う研究施設や医療現場では、労働者は放射線の物理的特性や健康への影響、遮蔽方法について特別な訓練を受ける必要があります。
この訓練は、放射線測定機器の使用方法や、緊急時の対処方法なども含まれます。
放射線に関する専門教育を受けた労働者は、自身と周囲の人々を放射線被ばくから保護し、安全な作業環境を維持できます。
・健康の保持増進のための措置
事業者は、規則上定められる項目について定期的な健康診断を実施する必要があります(規則第44条第1項)。
従業員向けに行われる年次の定期健診は、労働安全衛生規則に基づくものです。
また、従業員の雇い入れ時に行われる健康診断も、労働安全衛生規則に定められています(43条)。
・就業制限
作業方法や内容において危険性・有害性が高い業務は、特別な資格や経験のある者に業務を独占させ、就業制限を置いています(法第61条第1項、政令第20条)。
加えて、これは、専門的な知識や技術を有する作業に業務遂行を独占させることで、安全な作業を確保するためです。
就業することができる者については、労働安全衛生規則の別表第三に、業務の区分に応じて定められています(規則第41条)
事業者は、業種に応じて、事業場において想定される様々な危険から労働者を守る、危険を防止する措置を講ずることが義務付けられます。
【物理的に危険が伴うような場合(法第20条)】
【作業方法により危険が伴う場合(法第21条第1項)】
【作業場所に危険が伴う場合(法第21条第2項)】
上記は一例ですが、記載のように様々な危険に対する防止措置が義務付けられます。その中で、労働安全衛生規則では、具体的に、事業者が確保すべき安全基準を定めています。
・機械による危険防止
労働安全衛生規則では、機械設備の種類や性質に応じて、危険防止のための動作や防止方法が具体的に定められています。
また、安全な状態であることの点検・確認や動作の停止などが義務です(規則第104条において定められる運転開始の合図、同第107条に定められる掃除の際の機械の運転停止など)。
これらの基準により、労働者が作業中に機械に巻き込まれたり、接触事故が発生することを未然に防止することを目的としています。
たとえば、プレス機械のように圧力を加えて加工を行う装置では、労働者の手が作業領域に入り込むことを防ぐためにセンサー付きの防護カバーや、緊急停止ボタンが設置されることが求められます。
これにより、万一手や体が危険領域に入った場合でも、機械が自動的に動作を停止し事故を防ぐことが可能です。
もう一つの具体例として、ベルトコンベアを使用する作業場では、労働者がベルトの巻き込み事故を防ぐために、全長にわたって非常停止ロープを設置することが一般的です。
この装置により、労働者が危険を察知した際にすぐにコンベアを停止させることができ、安全性が高まります。
これらの措置は、事業者が安全な作業環境を提供するために必須であり、労働災害を防ぐための具体的な手段として重要です。
・爆発や火災の防止
危険物の取り扱いについては、厳格な保管方法や管理手順が求められています。
たとえば、危険物の性質に応じて、どのような取り扱いをすべきかについて具体的に記載されています(規則第256条第1項)。
ほかにも、引火性のある上記や可燃性ガスを取扱う作業においては、通風、換気などの措置を講じることが義務付けられています(規則第261条)。
こうした措置により、事業者は、火災や爆発のリスクを最小限に抑える措置が必要です。
・電気による危険の防止
感電事故を防ぐため、電気設備や電気器具の使用場所や方法について詳細な基準が定められています。
停電による作業、適切な絶縁と保護、作業場所の区画設置などの措置が規定されています。
・通路や足場
事業場で従業員が行き交う中で、周辺の作業員との安全間隔を保って作業し、転倒や墜落を防ぐ必要があります。
そのため、適切な通路や足場を設置することが必要です(規則第540条)。
衛生基準に関しては、有害な原因を除去するために必要な措置を取るべきことが基本的事項として定められています(規則第576条)。
・有害な作業環境の防止
【塗装作業の排気装置】
自動車工場や建築現場での塗装作業は、有機溶剤が揮発し、有害なガスや蒸気を発生させます。
この環境では、適切な排気装置を設置し、溶剤の蒸気が作業エリアに滞留しないように排出する必要があります。
こうした事業場環境がある場合に、事業者は高性能な換気装置を導入し、揮発性化学物質の濃度を効果的に低下させ、労働者の中毒や長期的な健康被害を防止する措置を取るべきでしょう。
【溶接作業の局所排気装置】
金属加工や建設現場で行われる溶接作業では、溶接ヒュームと呼ばれる微細な金属酸化物の煙が発生します。
これらは肺への深刻な影響を及ぼす可能性があるため、局所排気装置の設置が必須です。排気装置は溶接部位から有害なヒュームを直ちに吸引し、空気中への拡散を防ぎます。
これにより、作業員が常に清浄な空気を吸い込み、健康リスクを軽減できます。
【化学工場の換気システム】
化学物質を取り扱う施設では、化学反応によって生じる有毒ガスや蒸気を適切に管理するための換気システムが必要です。
たとえば、アンモニアや塩素などのガスは高濃度になると呼吸器系に深刻な損害を与えるため、定期的に空気を循環させるシステムや有毒ガスセンサー付きの自動換気装置を導入することで、労働者の健康を保護します。
【粉じん作業場の除じん装置】
鉱山や木材加工工場など、粉じんの発生が多い作業場では、粉じんを吸引して外部へ排出する除じん装置が設置されています。
これにより、作業員が粉じんを吸い込むリスクが大幅に減り、職業性肺疾患(シリコシスなど)の発生を防ぎます。
除じん装置は粉じんの発生源に近い場所に設置し、作業エリア全体の空気の質を向上させる役割を担っています。
・保護具
労働者が有害な環境で作業を行う際には、適切な保護具を支給し、その使用を指導することが求められます(規則第593条以下)。
具体的には、作業内容などにより生じる有害要因に応じて、呼吸器、皮膚、耳、目などあらゆる器官に対する危険の防止が求められます。
【廃棄物焼却作業】
廃棄物の焼却作業では、焼却処理の場合に発生するリスクのあるダイオキシン類の濃度や含有率を測定して作業を行うことが定められています(規則592条の2)。
そして、その測定結果に応じて、保護衣や保護眼鏡、呼吸用の保護具を装着させて作業にあたらせる必要があります。
【放射線業務】
放射線を取り扱う研究施設や医療現場では、労働者は放射線の物理的特性や健康への影響、遮蔽方法について特別な訓練を受ける必要があります。
この訓練は、放射線測定機器の使用方法や、緊急時の対処方法なども含まれます。
放射線に関する専門教育を受けた労働者は、自身と周囲の人々を放射線被ばくから保護し、安全な作業環境を維持できます。
・保護具
労働者が有害な環境で作業を行う際には、適切な保護具を支給し、その使用を指導することが求められます(規則第593条以下)。
具体的には、作業内容などにより生じる有害要因に応じて、呼吸器、皮膚、耳、目などあらゆる器官に対する危険の防止です。
【廃棄物焼却作業】
廃棄物の焼却作業では、焼却処理の場合に発生するリスクのあるダイオキシン類の濃度や含有率を測定して作業を行うことが定められています(規則592条の2)。
そして、その測定結果に応じて、保護衣や保護眼鏡、呼吸用の保護具を装着させて作業にあたらせることが必要です。
【放射線業務】
化学工場で硫酸や塩酸などの強酸を取り扱う業務では、労働者はそれらの物質の危険性や取り扱い方について特別な訓練を受ける必要があります。
教育では、適切な防護服や手袋の使用、化学物質の漏洩時の対応、緊急シャワーや洗眼設備の使用方法が含まれます。
これにより、労働者は事故発生時に迅速かつ正確に対応でき、重大な被害を防ぐことが可能です。
・休養
労働者が過度の疲労を避け、心身の健康を維持するためには、休憩や休養の確保が必要不可欠です。
労働安全衛生規則では、事業者が労働者に適切な休養を提供するための措置を講じる義務が休憩の取らせ方、休憩場所に関する項目など詳細に定められています。
さらに、夜勤や交代勤務を行う労働者には特別な休養措置が求められます。
これにより、深夜労働の蓄積による健康障害や過労のリスクを低減することを目的としています。
これらの規定を遵守することで、事業者は労働者の健康を守り、生産性の向上と労働環境の改善を両立させることができます。
直近の改正として2023年から2024年にかけて、労働安全衛生法ないし同規則の改正が行われ、いくつかの重要な変更が加えられました。
以下は、主な改正点についての詳細な説明です。
2023年の改正では、足場からの墜落防止措置が強化されました。
具体的には、本足場を使用できる幅がある場合に、本足場の選択が義務付けられました。企業は、作業員が高所作業中に墜落の危険にさらされることがないよう、安全管理を徹底する必要があります。
安全対策の不備によって発生する労働災害は、事業の継続性に重大な影響を及ぼします。
2023年の改正では、有害物質を取り扱う作業における事業者の保護措置がより厳格になりました。
特に、下請事業者など作業場に自社以外の労働者も協働しているような場合も考えられますが、事業場に係る事業者は、そうした下請事業者などに対しても自社の従業員と同等の保護を図る必要があります。
2023年の改正において、トラックの荷役作業に関し、2トン以上の貨物自動車においても、昇降設備の設置や保護帽の着用など安全基準が定められました。
従前は5トン以上の積載量のトラックなどの場合に適用されていましたが、荷役作業における安全基準の適用が一部拡大した形となります。
2024年の改正では、新たな化学物質規制が導入され、特定の化学物質の使用や管理に関する詳細な規定が追加されました。
化学物質の取り扱いに際しては、事前のリスクアセスメントが求められ、適切な保護具の提供や作業環境の整備が義務付けられています。
これにより、企業はこれまで以上に厳格な化学物質管理体制を確立し、労働者の安全確保が必要です。
労働安全衛生規則に違反した場合、企業は罰則や制裁を受けるリスクがあります。
たとえば、安全衛生教育や健康診断の不実施については、50万円以下の罰金に処されます。こうした制裁により、企業は事業の信頼性を損ない、経済的な損失を被ることとなります。
さらに、重大な労働災害が発生した場合、企業の評判が損なわれるだけでなく、経営責任を問われる可能性もあります。
労働者の安全と健康を守ることは、法的な義務であると同時に企業が社会的責任を果たすための重要な要素です。
コンプライアンス違反によって生じるリスクを回避するためには、適切な安全衛生管理を徹底し、労働環境を継続的に見直すことが求められます。
労働安全衛生規則は、企業が労働者の安全と健康を守るために遵守すべき詳細な基準を提供しています。
特に、2024年の改正では、安全対策や有害物質管理が強化され、企業にとって新たな義務が生じています。
経営者や労務担当者は、これらの法的要件を理解して実務に反映させることで、労働環境の改善と企業の持続的な発展を促進できます。
法令遵守と労働者の安全確保は、企業の信頼を高めるためにも欠かせない要素なので、最新情報を常におさえておきましょう。
愛知県弁護士会所属。旭合同法律事務所に所属しながら、事業会社の法務部に出向。企業法務に関心があり、取り扱い分野は戦略・政策渉外、コーポレートガバナンス、内部統制、M&A、ファイナンス、AI、Web3.0、SaaS、人材プラットフォーム、航空・宇宙、データ法務、広告法務、エンタメ、消費者被害、相続、破産・再生など。学生時代は法律問題を取り上げるメディア運営会社にてインターンを経験し、現在もWEBメディアにて執筆活動を続ける。詳しいプロフィールはこちら:https://asahigodo.jp/lawyer-introduction/kawamura-masaki/