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国の予算や財源に関する話題で、社会保険料の負担が取り沙汰されます。
社会保険料は、事業主と被用者が両方で負担するものであり、労務管理上正確に対応する必要があるものの1つです。
特に休職中の社会保険料の取扱いについては、注意すべきポイントがあります。
本記事では、休職中の社会保険料の取扱いについて基本的なポイントから、企業の労務担当者が理解すべきポイント、実務上の注意点などを弁護士が解説します。
まず、休職中の従業員の扱いと、休職の種類等について説明します。
休職とは、主に労働者側の事情により、一定期間労働ができない場合に、使用者が労働義務を免除することいいます。
休職の期間中、使用者との雇用関係は維持されたままですので、会社に在籍していることには変わりありません。
休職と言っても、その種類は多数存在します。休職する従業員がいた場合、会社としていかなる対応を採るべきでしょうか。
まず、主な休職の種類は以下のとおりです。
では、従業員が休職する場合、会社としていかなる対応を採るべきでしょうか。
会社は就業規則に記載されている休職期間その他の休職に関する条件について確認し、認識のすり合わせを行う必要があります。
休職期間中、傷病手当金の申請等について従業員の意向を確認し、情報を共有することが望まれます。その他、休職に関して必要な事項の確認のみならず、休職期間中は休職者の体調等について定期的に連絡を取り合うのが良いでしょう。
休職期間中の会社の対応が、休職中の社員が勤務を継続しスムーズに復職することができるか否かの判断、離職の防止に関わるといっても過言ではありません。
休職中、給与が発生しない状態においても社会保険料を支払う義務はあるのでしょうか。
以下では、社会保険料に限らず、休職中でも支払い義務があるもの、ないものをそれぞれご紹介します。
まず、社会保険料は、休職中であっても支払い義務があります。
社会保険料は、一定期間の給与額をもとに算出した「標準報酬月額」によって計算されており、休職中であっても社会保険料の金額が変動することはありません。
したがって、休職中でも社会保険料の支払い義務は存在し、納付する金額も休職中であるからといって減額されるわけではありませんので注意が必要です。
また、社会保険料として被保険者が納付すべき種類は、
の3種類であり、いずれも納付義務があります。
住民税も、休職中の支払い義務は発生します。
住民税とは、休職者が住所を有する市区町村(都道府県)に対して支払うものであり、行政サービスの財源を適切に確保する観点から極めて重要な税目となっています。
住民税は、前年の所得に対して課税される「所得割」と、所得にかかわらず定額で課税される「均等割」で構成されており、それぞれ下記の基準をもとに都道府県・市町村が税率及び納めるべき金額を決定しています。
「休業手当」とは、会社都合により労働者が休業せざるを得ない場合に支払うべき手当を意味します。
使用者は、当該労働者に対し、平均賃金の6割以上の額を手当として支払う義務を負います(労働基準法26条)。休業手当は、給与所得に該当するため、所得税の課税対象となる点に注意が必要です。
労働基準法第26条
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない
引用:労働基準法
また、休業手当と似たような概念として、「休業補償」があります。休業補償とは、労働者が業務上負傷し、又は病気などの療養のために労働することができない場合に、使用者が負担すべき金額を意味します。
休業補償は、休業手当と異なり、非課税所得となります。
労働基準法第76条
労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の百分の六十の休業補償を行わなければならない
引用:労働基準法
「No.1905 労働基準法の休業手当等の課税関係」|国税庁
休職中、雇用保険料の支払いは免除されます。上述した社会保険と異なり、雇用保険料は労働保険に区分され、賃金実績に応じて課される保険料です。
したがって、賃金が発生していない休職中においては、雇用保険料の支払いは免除されます。
休職中、所得税の支払いは免除されます。
所得税は、雇用保険料と同様、支払われる賃金に対して課されます。したがって、賃金が発生していない休職中においては、所得税の支払いは免除されます。
産休中、健康保険・厚生年金保険の保険料の支払いは免除されます。
産休は、出産の日の42日前から出産後56日までの間、妊娠や出産を理由として働くことができない期間を意味します。このうち、社会保険料の支払いが免除される期間は、産休の開始月から終了日の翌日の属する月の前月までとなります。
社会保険料の支払いが免除されるためには、期間内に申請書を提出する必要があるため注意が必要です。
参考:「従業員(健康保険・厚生年金保険の被保険者)が産前産後休業を取得したときの手続き」|日本年金機構
育休中に関しても、健康保険・厚生年金保険の支払いが免除されます。
育休中の場合には、社会保険料の支払いが免除されるパターンとして、次の2つが存在します。支払いが免除されるためには、申請書の提出が必要であるため、注意が必要です。
参考:「育児休業等を取得し、保険料の免除を受けようとするとき」|日本年金機構
すでに述べたとおり、休職中の社員についても社会保険料等の支払い義務がありますが、従業員からどのように徴収すべきでしょうか。
通常は給与から天引きして処理されるため、休職中給与が発生しないことを前提としたとき、徴収方法を考える必要があります。
社会保険料の種類別の徴収方法は、次のとおりです。
従業員が休職中である場合、給与が発生しない以上天引きすることができません。
そこで、会社が毎月の社会保険料を立て替え、後に従業員に請求する、あるいは、復職したタイミングで発生する賃金と相殺する方法が考えられます。
毎月、休職中の従業員の自宅に請求書を送付し、期間内に会社指定の口座に振り込むよう依頼する方法があります。
休職する前の段階において、あらかじめ支払い方法について確認をし、未払いがないように対処することが求められます。
休職中の従業員の社会保険料を会社が一旦立て替え、従業員が退職する際に発生する退職金と会社が立て替えている社会保険料を相殺する方法があります。
ただ、退職金の支払時期は、正社員の場合だとすぐではなく、相当程度先になる可能性もあります。5年、10年を超えてくるようなことが想定される場合は、相殺する前に時効がきてしまうことも考えられます。
そこで、予め、退職金と社会保険料を相殺する旨の相殺合意書を作成するのが良いでしょう。
病気や怪我で仕事をすることが困難な場合、当該従業員に対して一定の要件のもと、傷病手当金が支払われることがあります。
毎月の社会保険料の支払いが難しい場合には、従業員に支払われる傷病手当金から社会保険料を支払うことで負担が軽減されます。
なお、傷病手当金は会社が受領することができるため、社会保険料の未回収のリスクを避けるためには、傷病手当金の受取人を会社にするのも良いでしょう。
住民税についても、徴収方法は基本的に社会保険料の場合と同様です。
ただし、会社側が住民税を徴収する負担を避けるべく、「普通徴収」に切り替えるという方法があります。
住民税の徴収方法には、「特別徴収」と「普通徴収」があり、前者は会社が従業員に代わり毎月の給与から住民税を天引きし納付する制度です。
地方税法上、所得税を源泉徴収している事業主については、特別徴収が義務とされています(地方税法41条、321条の4、328条の5第1項)。これに対し、後者は、従業員が自ら住民税を納付する制度です。
従業員が長期に渡り休職する場合には、普通徴収に切り替えることで、会社側の負担を避けることができます。もっとも、普通徴収は、一定の要件を満たす場合に限り認められます。各都道府県によって要件が異なることから、注意が必要です。
参考:「個人住民税の特別徴収推進ステーション」|東京都主税局
「個人住民税(区市町村民税・都民税)特別徴収の事務手引き」| 東京都主税局
最後に、休職中の従業員の取扱いについて、社会保険料に関する対応に関連して3つ紹介してききます。
休職の種類やそれぞれの場合の取扱いについて、就業規則に定めておくことが重要です。定めておくべき主なポイントは、次のとおりです。
賃金の取扱いについては、ノーワークノーペイの原則から、無給でもと定めても問題ないと考えられます。
会社の事情で一定期間休業する場合の休業手当の支給についても、労働基準法の定めに従いつつ明記しておく必要があります。
休職は欠勤と異なりますが、休職について種類を設けてそれぞれ規定を置いておくことがよいでしょう。私傷病休職、自己都合休職、出向休職、公務就任休職などを定めておくことが考えられます。
特に、私傷病休職の場合は、会社として休職命令を出すかどうかの判断基準を定めておく必要があります。この点については、厚労省のモデル就業規則などが参考になります。
ただ、①については、「療養を継続する必要がある」かどうかの判断基準については、出勤日数や直近の1か月から3か月程度における出勤割合の観点から定めておくのがよいでしょう。
休職中の従業員に対しても、定期的な連絡をとったり、適宜のタイミングで短時間の1on1を設定することも重要です。
強制するものとはせず、連絡を取る場合があることを定めておくことが考えられます。
私傷病休職の場合は、復職できるかどうかの判断を適切に行う必要があります。
一般的には、主治医による診断書の提出を求める形で定めておくのがよいでしょう。また、産業医を設置している場合は、事前に産業医との面談をすることを定めておくことも考えられます。
傷病手当金に関して、従業員との間で受け取り先を確認し、指定をしておく必要があります。会社が中抜きをしたりすることは許されず、確実に従業員の手元に届くようにする必要があるため、漏らさずに確認をしておく必要があります。
社会保険料の聴取に関して、相殺合意書を取り交わしておくこともポイントです。
ただ、長期間にわたる休職の場合に、休職期間すべてのものを一括で相殺する場合、復職時以降に支払われるべき賃金が著しく少なくなり、給与の現実払いの原則などに反するおそれもあります。
そのため、なし崩し的に一定金額ずつわけて相殺をしていくことなどを定めておくことがポイントです。
本記事のポイントは、以下のとおりです。
愛知県弁護士会所属。旭合同法律事務所に所属しながら、事業会社の法務部に出向。企業法務に関心があり、取り扱い分野は戦略・政策渉外、コーポレートガバナンス、内部統制、M&A、ファイナンス、AI、Web3.0、SaaS、人材プラットフォーム、航空・宇宙、データ法務、広告法務、エンタメ、消費者被害、相続、破産・再生など。学生時代は法律問題を取り上げるメディア運営会社にてインターンを経験し、現在もWEBメディアにて執筆活動を続ける。詳しいプロフィールはこちら:https://asahigodo.jp/lawyer-introduction/kawamura-masaki/