関連サービス
従業員が退職した時には、会社側もさまざまな手続きを踏まなければいけません。
退職手続きを懈怠すると、従業員の保険・税金関係の処理が滞ったり、会社側にペナルティが課される危険性が生じます。
本記事では、会社側が実施するべき退職手続きの流れやタイミング、退職手続き時に生じがちなトラブル事例について分かりやすく解説します。
人事部門や法務部門に配属されて退職手続きの流れ・注意事項の体系を理解した方は、この機会に最後までご一読ください。
従業員側が退職を申し出た時に、会社側が実施するべき手続きについて解説します。
退職手続きは、従業員の退職届を受理するところからスタートします。
通常、退職届を提出する前の段階で、会社側と従業員側との間で退職に向けた話し合いの場が設けられて、退職予定日が設定されることが多いです。
実際の退職日を決定する際には、引き継ぎに要する期間・新たな人員配置の必要性・年次有給休暇の残日数などの諸要素を考慮しましょう。
ただし、退職届を受理する日と実際の退職日の関係について注意が必要です。
なぜなら、民法や就業規則によって退職の申し入れをするタイミングについてはさまざまな規制が設けられているからです。
例えば、期間の定めのない雇用契約は解約の申し入れから2週間(14日)を経過した時期に終了します(民法第627条第1項)。
つまり、従業員がいきなり退職届を出してきたとしても、退職日がその時点から14日以内に指定されているなら、会社側はその退職条件に応じる必要はないということです。
また、就業規則に退職申し入れのタイミングに関する規程があるなら、退職希望者が当該規程を遵守しているかを確認するのもポイントです。なお、就業規則のルールに抵触しているものの民法の14日ルールを遵守している退職申し入れを拒絶することはできません。
退職の申し入れをめぐる流れに不備がある事案や、会社側から自主退職を促す事案では、労使間で退職の効力についてトラブルが生じる可能性があります。
必ず退職届は書面として受理をして、後から紛争が生じた時のための客観的証拠として保管しましょう。
雇用保険被保険者が退職する場合、「雇用保険被保険者資格喪失書(資格喪失届)」に「雇用保険被保険者離職証明書(離職証明書)」を添付して、事業所を所轄する公共職業安定所(ハローワーク)に提出することによって、雇用していた被保険者の雇用保険資格の喪失手続きを行います。
離職証明書を提出する際には、賃金台帳、労働者名簿、「離職の日以前の賃金支払い状況」を確認できる資料などの疎明資料を持参する必要があります。
資格喪失届の提出期限は、当該労働者が離職した翌々日から10日以内です。
ただし、退職する従業員が雇用保険被保険者離職票(離職票)の交付を希望しない時には、離職証明書の提出手続きは不要です。
なお、離職証明書を提出しないケースでも、退職後に従業員側から離職証明書の交付請求を受けた時には、離職証明書を作成したうえで所定の手続きを履践しなければいけません。
また、退職者が59歳以上の場合には離職票の発行を要します。
資格喪失届及び離職証明書には、賃金支払い状況や生年月日、被保険者であった期間、離職理由などの必要事項を記載する必要があります。
これらの記載内容によって、失業等給付の受給資格、給付日額、所定給付日数、給付制限の有無などが判断されるので、適正な内容を記載してください。
従業員が退職した時には、社会保険の資格喪失手続きが必要です。
社会保険の資格喪失手続きは、事業主が「健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届」を日本年金機構の事務センター・管轄の年金事務所に提出することによって行います。
被保険者資格喪失届の提出時期は、喪失事実が発生した日(退職日の翌日)が発生してから5日以内です。提出方法は、電子申請・郵送・窓口持参が用意されています。
なお、以下のように、被保険者の属性によって添付書類が必要になるのでご確認ください。
属性 | 添付書類 |
---|---|
組合管掌健康保険(組合健保)の被保険者 | なし |
全国健康保険協会管掌健康保険(協会けんぽ)の被保険者 |
|
60歳以上の人が退職後1日の間もなく再雇用された場合 |
|
特別徴収の方法で従業員の給与から住民税を天引きしているケースでは、従業員が退職するタイミングで住民税関係の手続きが必要です。
具体的には、退職者が居住する市区町村へ「給与支払報告・特別徴収に係る給与所得異動届出書」を提出します。
退職日の翌日10日までに届出をしなければ、特別徴収の滞納が発生したと処理されかねません。
参考:現在、個人住民税が特別徴収されている従業員が退職した場合、どのような手続が必要ですか。|横浜市
従業員が退職する時には、会社側から貸与していた備品等の返却手続きも忘れないようにしてください。退職日までに備品などの返却が済まなければ、退職後に郵送や受け渡しなどの手間がかかってしまうからです。
また、備品等の返却漏れがあった従業員と退職後連絡が取れない事態が発生すると、社外秘データやマニュアル等が外部に流出するおそれも生じます。
返却リストは企業によって異なりますが、以下のようなリストを作成したうえで、退職日までに従業員に持参するように促しましょう。
退職者が会社が契約している社宅に入居している場合、就業規則や賃貸借契約書などに記載された所定のタイミングまでに退去手続きを済ませる必要があります。
退去手続きを進める際には、退去日から所定の期間前までに退職者サイドから退去手続きを進めてもらわなければいけません。
例えば、退去日までに不動産業者との間で所定の手続きを済ませなければ、翌月以降の賃料トラブルが発生する可能性があります。
また、社宅の退去をめぐっては以下の手続きを遅滞なく進めましょう。
退職者が個人型確定拠出年金や企業年金制度を利用している場合、従業員が運用する資産を移転するための手続きが必要です。
なお、退職後に従業員がどのような形の資産運用を希望するかによって案内内容が異なります。
退職する従業員のために、会社側が用意するべきものについて解説します。
離職票とは、従業員が退職した後に失業給付金・失業手当の受給手続きをする際に必要とされる公的な文書のことです。
退職者が離職票を求めた時には会社側に発行義務が課されるので、速やかに事業所を所轄するハローワークにおいて離職票の発行手続きを進めてください。
なお、退職者が離職票の発行を求めない場合や、退職後すぐに転職をする場合には、離職票は必要になりません。
源泉徴収票とは、1年間の給与収入・納付した所得税額・控除額などが記載された法定調書のことです。
従業員が退職した場合、退職した年の1月1日から最終支払給与・退職金等までの金額について源泉徴収票を発行しなければいけません。
退職した従業員が転職した場合、再就職先において源泉徴収が必要になります。
また、転職せずに無職になったりフリーランスとして仕事をする場合には、確定申告について注意を要します。念のため、源泉徴収票を渡す時にこれらの注意事項について退職者に伝えておくことをおすすめします。
年金手帳とは、公的年金制度に加入していることを証明する書類のことです。
退職者から預かっていた年金手帳は退職のタイミングで本人に返却しなければいけません。
年金手帳は、退職日即日~1ヶ月程度の期間で返却するのが一般的ですが、退職者が転職する関係で年金手帳の返却が間に合わない時には、基礎年金番号だけでも伝えるようにしましょう。
給与支払報告書(給報)とは、給与支払者が給与所得者に対して支払った給与額などを市町村へ報告するための書類のことで、源泉徴収票の記載内容と同じです。
また、特別徴収に係る給与所得者異動届出書は、退職によって給与所得者に異動が生じたタイミングで給与支払者に提出が義務付けられている書類です。
退職者の税金関係をめぐる手続きが必要になるので、所定の期間内に提出しましょう。
従業員が退職する時に、会社側が受け取る必要があるものの代表例を紹介します。
従業員が退職すると、会社側は退職日から5日以内に被保険者資格喪失届とあわせて健康保険証を返却しなければいけません。
そのため、退職によって被保険者・被扶養者の資格を喪失した時には、健康保険証及び高齢受給者証を早期に受け取る必要があります。
退職者が被保険者資格を喪失した日以後に誤って健康保険証を使用してしまうと、保険証の利用者が高額の医療費の返還を強いられます。
誤使用のリスクを減らすためにも、退職時には遅滞なく健康保険証の返却を促しましょう。
従業員に交付していた社員証は、必ず退職時に返却を求めましょう。
社員証の返還を忘れたまま退職者が保持したままだと、退職後に勝手に社内に立ち入られるリスクが生じるからです。また、退職者が社員証を紛失して第三者の手に渡ってしまうと、事業活動に悪影響が生じかねません。
そのため、従業員が退職する時には、可能な限り退職日当日に社員証を受け取るようにしてください。
退職者用に作成した名刺も必ず返却してもらいましょう。
また、退職者が営業活動などによって入手した顧客や取引先の名刺も会社側で回収するのが一般的です。
退職者が勤務中に使用していたデータや書類、業務マニュアル等も退職日までに返却を求めましょう。
退職者がこれらの書類等を保持したままでは、機密情報やノウハウが外部に流出するリスクがあるからです。
退職前の引き継ぎのタイミングで業務関係書類は適宜引き渡しを受けるタイミングはあるでしょう。可能な限り早いタイミングで書類関係を受け取ったうえで、事業活動に支障が生じないように配慮してください。
専用のパソコン、携帯電話、制服、その他備品などを配布していた場合には、必ず退職者から返却してもらいましょう。
貸与物の返却は可能な限り退職日当日に行ってください。退職してからこれらの貸与物の返却を受けるには郵送などの手間もかかってしまうからです。
また、特に近年ではメルカリなどの転売サイトで会社の備品等が売却されるケースが少なくありません。横領や窃盗が発生した時に刑事事件化をすると、被害者側である会社も相当な負担を強いられます。
正社員以外の従業員が、退職する時の手続き等について解説します。
契約社員の退職手続きも、正社員と大きな違いはありません。就業規則や労働関係法制に定められたルールに則って、退職手続きを進めてください。
ただし、契約期間満了時に更新をせずに退職を選択するケースでは、退職届の提出は不要です。その一方で、契約機万満了前に退職をする場合には、従業員側からの退職届を受理しなければいけません。
また、就業規則において契約社員退職時の満了金や退職金に関する定めがある時には、社内規程に従って退職する契約社員に退職金等を支払いましょう。
なお、契約社員の勤務条件次第では、社会保険に加入していなかったり、特別徴収を実施していなかったりする場合があります。個別の状況に合わせて、必要な手続きを期限内に進めてください。
パート・アルバイトなど、非正規雇用で雇用している従業員が会社を辞める時の退職手続きの流れも正社員の場合と変わりません。
ただし、パート・アルバイトで雇用している従業員については、社会保険の加入状況や特別徴収の有無、副業・兼業の状況によって、会社側で実施するべき手続きが異なる点にご注意ください。
社内で就労していた派遣社員は、派遣元企業との間での契約締結です。
そのため、派遣社員の退職手続きは派遣元の派遣会社が対応してくれます。自社内において派遣社員の退職手続きをする必要はありません。
従業員が退職した時の会社側の手続きにおける、注意点を3つ解説します。
勤労者財産形成貯蓄制度(財形貯蓄制度)とは、勤労者財産形成促進法に基づいて、企業側が従業員の給与から一定額を天引きして、従業員の資産形成をサポートする制度のことです。
従業員が退職すると、企業において実施していた財形貯蓄制度を利用することはできません。そのため、財形貯蓄制度の解約手続きを履践したうえで、退職時に財形貯蓄分を払戻す必要があります。
ただし、従業員が退職してから2年以内に新しい勤務先に再就職をした後に財形貯蓄制度の継続を希望する場合には、転職後にも財形貯蓄制度を利用継続可能です。
なお、従業員が財形貯蓄制度の継続を希望した時の流れは、従前の金融機関をそのまま利用できる場合と継続利用が認められない場合で異なります。
まず、転職前の金融機関をそのまま継続できる場合、退職日から6ヶ月以内に「退職等に関する通知書」を金融機関に提出します。そして、転職後の勤務先を経由して「勤務先異動申告書」を提出することで、財形貯蓄制度をそのまま利用継続できます。
次に、転職前の金融機関を継続できない場合、退職日から6ヶ月以内に「退職等に関する通知書」を提出したうえで、転職後の勤務先が指定する金融機関との間で財形貯蓄契約を新たに締結することで、財形貯蓄の預け替えが実現します。
退職後の財形貯蓄制度の利用継続について従業員がどのような意思を有しているかを確認したうえで、今後の手続きについて従業員に丁寧に説明をしてください。
従業員貸付制度(社内貸付制度)とは、福利厚生の一環として在籍している従業員向けに会社側が用意している融資制度のことです。
銀行や消費者金融などの金融機関から借り入れるよりも緩い審査基準で借り入れができる点で従業員にとってメリットが大きいです。
そして、退職する従業員が社内貸付制度を利用している場合、残債額がいくらであるかにかかわらず、退職のタイミングで完済を実現する決まりになっている企業が多いです。
そのため、従業員貸付制度の残債次第では、退職希望日に完済が間に合わない可能性があるので、退職希望者が従業員貸付制度を利用している時には、退職する前に返済目途や返済時期について話し合いの場を設けておくべきでしょう。
従業員が退職したら、それで一切何もしなくて良いというわけではありません。
というのも、企業側は、労働者名簿・賃金台帳・雇入れ・解雇・災害補償・賃金その他労働関係に関する重要な書類を5年間保存しなければいけないからです(労働基準法第109条)。
例えば、何かしらのタイミングで労働基準監督署の臨検監督が実施されて、保存期間中にこれらの重要書類等を破棄したことが明らかになってしまうと、労働基準監督署から指導・是正命令が下されたり、場合によっては30万円以下の罰金刑が下されかねません(労働基準法第120条第1号)。
したがって、従業員が退職した場合には、個人情報の保存期間に注意をしながら、当該従業員に関するデータ等を適切な方法で保管してください。
最後に、従業員の退職手続きをめぐるトラブル事例を具体的に解説します。
従業員が退職した場合、雇用保険の失業給付を受給するために、離職理由や離職前の賃金支払い状況などが記入された離職票が必要です。
そして、企業側は、従業員が退職した日の翌々日から10日以内に、事業所を所轄するハローワークに対して雇用保険被保険者資格喪失届を提出が必要とされています。雇用保険被保険者資格喪失届の提出を怠ると、会社側には6ヶ月以下の懲役刑または30万円以下の罰金刑が科されます。
実際、従業員が退職届を提出して雇用契約の解除が有効に成立したにもかかわらず、使用者が雇用保険被保険者資格喪失届の提出を懈怠した事例において、事業者が書類送検されたケースが存在します。
参考:福岡:離職票トラブル書類送検 福岡の運送業社長「喪失届」提出怠る 容疑で県警:地域ニュース : 読売新聞
従業員が退職した翌月から6ヶ月以内に企業型年金の移換手続きを懈怠すると、年金資産はそのまま国民年金基金連合会に自動移換されます。
すると、企業型年金として資産形成された財産は現金として管理されて一切運用されないままなので、物価が上昇すると実質的に資産価値が目減りしてしまいます。
また、自動移換されたタイミングで4,348円、毎月52円の管理手数料が発生する点もデメリットです。
退職時の企業型年金の手続き漏れは従業員に対して経済的な負担・リスクを強いるものなので、必ず退職者の意向を聴取したうえで、払戻しや移換手続きについて案内をするべきでしょう。
参考:「塩漬け」企業年金108万人2587億円分 転退職時の手続き漏れ:朝日新聞デジタル
「従業員が退職意思を示す際に退職代行を利用してはいけない」という決まりはありません。
そのため、退職代行業者が介入して退職届などが出された時には、会社側としても当該意向を一方的に拒絶することはできず、従業員本人が退職意思を示した時と同じように扱う必要があります。
ただし、退職代行業者の中には、弁護士資格を有さない状態で非弁行為に踏み込む業者も少なくはないので、退職代行業者から連絡があった時には、まずは業者の実態について必ず調査をするべきでしょう。
また、従業員本人からの依頼であることも確実に調査してください。さらに、年次有給休暇の取得、備品の返却、離職票等の受け渡しに関する交渉も必要です。
退職代行業者を利用された場合、業務の引き継ぎや人員配置について配慮しつつ、退職業者との間で丁寧に退職手続きを進めなければいけません。
万が一労使紛争に発展するような事態になると通常の事業活動にも支障が生じかねないので、人事部門・法務部門の機能を強化しつつ、適宜外部の専門家にアドバイスを求めるべきでしょう。
従業員が退職する場合、会社側としては各従業員の雇用形態や保険状況、退職理由に応じて適切な手続きを進める必要があります。
会社側に求められる退職手続きにミスがあると、労働基準監督署からチェックが入るだけではなく、労使紛争に発展して損害賠償請求等の法的措置を採られる危険性も生じかねません。
人事・総務・法務などの部署に配属された時には、実施するべきチェックリストや部署内で共有されたマニュアルを参考に、会社がとるべき退職手続きの流れを正確に実施しましょう。