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近年、働き方改革の推進により、テレワークやフレックス制度を導入したり、育児休暇や短時間労働等の福利厚生を充実させたりする企業が増加しています。
そのような中で、裁量労働制に関する議論が進められ、制度の見直しが図られることになりました。
本記事では、裁量労働制の制度の概要や2024年4月での改正ポイントをご紹介します。
裁量労働制とは、一定の業務について労働者が業務の遂行方法等に関して、大幅な裁量を与えられる制度です。
業務の遂行方法や労働時間等を労働者の裁量に委ねることで、労働者が自らの能力を発揮できるようにすることを目的として創設されました。
裁量労働制は、下記2つの種類に区分されます。
専門業務型裁量労働制とは、業務の性質上、その遂行手段及び時間配分の決定などに関し労働者の裁量に委ねる必要がある業務について適用されます。
制度の適用により、適用労働者は実際の労働時間に関係なく、労使協定で定めた時間労働したものとみなされます。現行法上、制度の適用対象となる業務は19種類存在します。
改正によって専門型の対象業務が追加され、全20種類となりました。
企画業務型裁量労働制とは、事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、これを適切に遂行するには、その遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務について適用されます。
専門型のように、適用対象となる業務は限定されていません。
2024年4月1日から改正された裁量労働制について、改正点を具体的にみていきましょう。
専門業務型裁量労働制における改正点は、次の通りです。
まず、専門業務型裁量労働制を導入する際における、協定事項が追加されます。
現行の協定事項 | 対象とする業務 |
---|---|
みなし労働時間の設定 | |
業務の遂行方法や時間等の決定に関し、使用者が労働者に具体的な指示をしないこと | |
健康・福祉確保措置の具体的内容 | |
苦情処理のために実施する措置の具体的内容 | |
労使協定の有効期間 | |
各労働者の記録の保存 | |
労働者の同意及び同意の撤回に関する記録の保存 | 制度の適用にあたり労働者本人の同意を得ること |
労働者が上記同意をしなかった場合に不利益な取扱いをすべきでないこと | |
制度の適用に関する同意の撤回の手続き | |
労働者の同意及び同意の撤回に関する記録の保存 |
今回の改正の大きなポイントは、制度の適用にあたり労働者本人の同意が必要となったことです。同意については、労働者かつ労使協定の有効期間ごとに得るべきとされます。
また、同意を得るにあたっては、労働者へ事前に下記の事項を明示した上で、具体的に説明することが求められます。
労働者が同意をしなかった場合や同意を撤回した場合には、当該労働者に対して解雇したり、あるいは賃金を不当に減少したりする等の不利益な取扱いをすることは許されません。
このような不利益取扱いの禁止についても、協定することが求められます。
改正によって、労働者本人の同意が必要となったことに伴い、同意及び同意の撤回に関する労働者ごとの記録を作成・保存することが必要となりました。
記録は、協定の有効期間中及び、その期間満了後3年間保存することを協定しなければなりません。
また、専門業務型裁量労働制の対象となる業務について、下記の業務が新たに追加されることとなりました。
銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又、分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務(いわゆるM&Aアドバイザーの業務)
引用:労働基準法施行規則及び労働時間等の設定の改善に関する特別措置法施行規則の一部を改正する省令等の施行等について(裁量労働制等)|厚生労働省
近年、M&A仲介やアドバイザリー事業を行う会社が増加する中で、特に専門性が高い投資助言や事業戦略の立案などに関わることから、裁量労働制の対象として追加されました。
裁量労働制が適用されるとしても、労働安全衛生法に基づいて労働時間の状況の把握が義務付けられています。
把握した労働者の労働状況に基づいて実施する、健康・福祉確保措置を明確に協定することが求められます。
企画業務型の裁量労働制に関しては、4つほど改正ポイントがあります。
1つは、労使委員会の運営規定の追加についてです。労使委員会の運営規定に追加すべき事項は、下記の3点です。
まず、対象労働者に適用される賃金・評価制度の内容について、使用者が労使委員会に対しての説明に関する事項(事前説明の必要性等)を労使員会の運営規定に定める必要があります。
また、対象労働者に適用される賃金・評価制度を変更する場合、労使委員会に事前に変更内容の説明を行うことを委員会の決議に定める必要もあります。
次に、労使委員会は、制度の実施状況の把握の頻度や方法等、制度の趣旨に沿った適正な運用の確保に関する事項を委員会の運営規定に定める必要があります。
最後に、労使委員会の開催頻度を、6か月以内ごとに1回とすることを委員会の運営規定に定める必要があります。
2つ目は、決議事項の追加です。
現行の決議事項 | 制度の対象とする業務 |
---|---|
労働者の範囲 | |
みなし労働時間の設定 | |
健康・福祉確保措置の具体的内容 | |
苦情処理のために実施する措置の具体的内容 | |
制度の適用にあたり労働者本人の同意を得ること | |
同意をしない労働者に対する不利益取扱いの禁止 | |
決議の有効期間 | |
各労働者の記録の保存 | |
現行の決議事項 | 対象労働者の同意の撤回の手続き |
対象労働者に適用される賃金・評価制度を変更する場合、労使委員会に変更内容の説明を行うこと | |
同意の撤回に関する記録の保存 |
労使委員会においては、対象労働者の同意の撤回に関する手続きを決議しなければなりません。
決議をするにあたっては、撤回の申出先や申出方法等の具体的内容を明らかにすることが求められます。
また、改正により同意の撤回の手続きが委員会の決議事項となったことに伴い、同意の撤回に関する対象労働者の記録の保存が必要となりました。
記録は、決議の有効期間中及び期間満了後3年間保存しなければなりません。
そして、対象労働者に適用される賃金・評価制度を変更する場合、労使委員会に対し、事前に当該変更内容について説明を行うことを決議しなければなりません。
委員会に対する変更内容の説明は、事前に行われるのが理想ですが、事前説明が困難な場合には、変更後に遅滞なく行うことが求められます。
3つ目に、専門業務型と同様に、企画業務型においても、対象労働者の状況に基づいて実施する健康・福祉確保措置を明確に協定することが求められます。
4つ目に、対象労働者の労働時間や健康・福祉確保措置等の状況について、所轄の労働基準監督署に報告を行うことが必要とされています。
これまでは、労使委員会で決議の行われた日から6ヵ月以内ごとに1回の報告が義務付けられていましたが、改正により、定期報告の頻度が変更されました。
改正後は、決議の有効期間の始期から起算して、初回は6ヶ月以内に1回、その後は1年以内ごとに1回の報告が必要となります。
裁量労働制を導入する場合、手続のプロセスはどのような流れになるのでしょうか。
専門業務型裁量労働制は、今回の改正ポイントを踏まえると、下の図のように整理することができます。
労働者との同意が重要なポイントです。
企画業務型の導入の際は、下の図のようなプロセスとなります。
労使委員会での決議事項が追加となった点に関しては、上記のポイントに留意する必要があります。
裁量労働制に関する対応に不備が生じた場合、どうなるのでしょうか。注意点について解説していきます。
2019年、アニメ制作会社の社員が「裁量労働制が違法に適用された」と主張し、東京地裁に対して未払いの残業代約285万円の支払いを求め提訴しました。
裁量労働制は、実際の労働時間に関係なく、あらかじめ定めた時間を労働とみなす制度です。
労働者に働き方に関して広い裁量が認められる点に制度のメリットがあるといえますが、本来であれば労働者に対し与えられるはずの広い裁量を全く与えない事業者も存在します。
そうなると、裁量が全くない状況下で過酷な労働を強いられ、労働時間が多いにもかかわらず、みなし労働であることを理由に残業代が支払われないという事態が生じます。
上記訴訟は、会社から突然未払い賃金と遅延損害金が振り込まれたことで終了となりましたが、訴訟ともなるとその事実が公になることで会社が被る損害も大きくなります。
トラブルを事前に防止すべく、労働時間の管理を徹底するなどの制度の適切な運用が求められます。
参考:残業代求めアニメ会社「スタジオよんどしい」を提訴 「裁量労働制を違法に適用」と | 毎日新聞
裁量労働制が適用されるといっても、労働基準法の適用が排除されるわけではありません。
そのため、例えば労働基準法に規定された休日労働の上限を超える場合には、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金刑が科されることになりますし(労働基準法119条1号)、就業規則に必要な項目を記載していない場合は30万円以下の罰金の対象となります(同法120条1号)。
参考:労働基準法
労働基準法に違反して送検された場合には、企業名が公表される可能性があります。公表は厚生労働省の東京労働局が行っており、誰でも自由に閲覧可能です。
したがって、企業名が公表された場合には、消費者からの信頼が失われるのはもちろんのこと、コンプライアンスが徹底されていない企業であるという認識をされることになり、取引先を失ったり、最悪の場合業績が傾き倒産にまで追い込まれたりする事態も生じかねません。
事業者には、労働基準法を遵守し、裁量労働制を適切に運用する姿勢が求められます。
本記事で解説した、裁量労働制の改正ポイントは下記のとおりです。
会社と従業員が良好な関係を保ちながら事業を発展させていくためには、今回改正された裁量労働制の内容を踏まえて適切に対応していきましょう。
愛知県弁護士会所属。旭合同法律事務所に所属しながら、事業会社の法務部に出向。企業法務に関心があり、取り扱い分野は戦略・政策渉外、コーポレートガバナンス、内部統制、M&A、ファイナンス、AI、Web3.0、SaaS、人材プラットフォーム、航空・宇宙、データ法務、広告法務、エンタメ、消費者被害、相続、破産・再生など。学生時代は法律問題を取り上げるメディア運営会社にてインターンを経験し、現在もWEBメディアにて執筆活動を続ける。詳しいプロフィールはこちら:https://asahigodo.jp/lawyer-introduction/kawamura-masaki/