ハラスメント対策は、余裕があればやるものではなく、すべての企業に課せられた法的義務です。
この記事では、ハラスメント対策の義務化で「企業が具体的に何をすべきか」や、法定義務をクリアするための5つのステップ、実効性を高めるポイントまでをわかりやすく解説します。
ハラスメントによる離職防止や、法的リスクを回避したい経営者・人事担当者の方は、ぜひ最後まで参考にしてください。
2022年4月より、パワーハラスメント防止法(改正労働施策総合推進法)が全企業で義務化されました。
以前は努力義務だった中小企業も、現在は対策を怠ると「法違反」とみなされるリスクがあります。
厚生労働省の指針では、企業が講ずべき措置として「10項目の措置」が定められました。
これらは大きく分けて、予防・相談体制・事後対応の3つのフェーズで構成されています。
義務に違反し、是正勧告に従わない場合は「企業名の公表」という厳しい社会的制裁を受ける可能性も。
「知らなかった」では済まされない、企業の社会的責任が問われる時代です。
| 項目 | 具体的な措置 |
|---|---|
| 方針の明確化 | 就業規則への記載、啓発、周知 |
| 相談体制の整備 | 相談窓口の設置、適切な対応フローの構築 |
| 事後の迅速な対応 | 事実関係の確認、被害者への配慮、加害者への措置 |
| 共通の措置 | プライバシー保護、不利益な取扱いの禁止 |
現代の職場では、パワハラやセクハラ以外にも多種多様なハラスメントへの理解が求められます。
判断基準を曖昧にすると、現場の管理職が「指導ができない」と萎縮したり、逆に無自覚な加害行為を見逃したりする原因になります。
パワハラの判断基準は、「業務上の必要性」と「相当性」の有無です。
厚生労働省は、パワハラを大きく以下の6つの類型に分類しています。
特に注意したいのが、管理職による「無自覚なパワハラ」です。
「期待しているから厳しくしている」という主観的な意図があっても、相手が精神的苦痛を感じ、業務環境が害されていればパワハラに該当する可能性があります。
セクハラは、相手の意図に関わらず、受け手が不快に感じるかどうかが重要です。
男性から女性への言動だけでなく、女性から男性、同性間、さらにはLGBTQ+の方々に対する言動もすべて対象に含まれます。
「食事への執拗な誘い」や「体型・容姿に関するコメント」など、本人がコミュニケーションのつもりでもアウトです。
相手の就業意欲を削ぐような性的な言動は、企業としての信用を著しく損なう行為です。
妊娠や育児、介護を理由にした嫌がらせは、法的に厳しく制限されています。
「休みが多くて迷惑だ」といった心ない発言や、育休取得を理由とした降格・減給は明確な違反行為になります。
最近では、男性の育休取得を阻害する「パタハラ」も急増中。
「男のくせに育休なんて」という古い価値観が、優秀な若手社員の離職を招くリスクは大きいです。
2025年以降、カスハラ対策の強化が法律で義務付けられる方向で進んでいます。
理不尽な要求、土下座の強要、SNSでの晒し行為など、顧客からのハラスメントから従業員を守るのは企業の責務です。
対策としては、「毅然とした対応指針」を組織として策定することが不可欠。
現場任せにせず、警察や弁護士との連携フローを事前に構築しておくことが、社員のメンタルヘルスを守る鍵となります。
「正論だから何を言ってもいい」という態度は、ロジハラに該当する可能性があります。
これは、目的が問題解決ではなく、相手を「論破」し、自分の優位性を示すことにすり替わっている状態です。
過度に相手の逃げ場をなくすコミュニケーションは、組織の心理的安全性を破壊します。
正論をぶつける前に、相手の感情への配慮があるか、その発言が「成果」に繋がるのかを問い直す風土作りが求められます。
テレワークの普及に伴い、ビデオ会議を通じたハラスメントが新たな問題となっています。
「部屋の中を見せて」と強要したり、画面越しの身なりに過度な干渉をしたりする行為が該当します。
また、チャットによる休日や深夜の執拗な連絡も、プライバシー侵害にあたります。
常時カメラ接続を強要する監視体制も、従業員のストレスを増大させる要因です。
ITツールの適切な利用ルールを再定義する必要があります。
モラハラは、身体的な暴力ではなく言葉や態度でじわじわと相手を追い詰める行為です。
無視や嘲笑、冷淡な態度など、周囲が気づきにくい「静かなるハラスメント」である点が非常に危険です。
被害者は自己肯定感を著しく失い、最終的にうつ病などのメンタルヘルス不調に陥るケースが少なくありません。
目に見える成果だけでなく、日頃のコミュニケーションの質を注視することが、早期発見への近道です。
ハラスメントは、個人の性格の問題だけで起きるわけではありません。
そこには必ず、組織構造や環境といった要因が潜んでいます。
「自分が若い頃はもっと厳しかった」という、過去の成功体験の押し付けが要因です。
時代が変わったことを認識できず、無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)が配慮のない言動を生みます。
相手にどう受け取られるかという「想像力の欠如」が、ハラスメントの温床となります。
過度な成果至上主義や深刻な人手不足も、大きな要因の一つです。
現場リーダーが精神的な余裕を失うと、ストレスが部下への攻撃として「置換」されることがあります。
「厳しくしないと目標達成できない」という、指導の引き出しの少なさがハラスメントを引き起こします。
上司に意見が言えない、間違いを指摘できないという閉鎖的な風土です。
特定の個人に権力が集中するピラミッド型組織では、ハラスメントがブラックボックス化しやすくなります。
周囲が「見て見ぬふり」をすることで、ハラスメントが常態化する「同調圧力」も問題です。
プレイヤーとして優秀だった社員が、適切な教育を受けずに管理職になる弊害から起こります。
「叱る(行動改善)」と「怒る(感情発散)」の区別がつかないまま、感情を露わにすることが指導だと誤解しているケースが見られます。
多様な価値観を持つ部下への、適切なフィードバック技法を学んでいないことが根本的な課題です。
法定義務をクリアし、実効性を高めるために優先すべき5つの施策を紹介します。
ハラスメント対策の第一歩は、経営トップが「一切容認しない」と宣言することです。
言葉だけでなく、就業規則に具体的な禁止行為と、懲戒処分の内容を明確に記載します。
社内ポスターやクレドカードを活用し、視覚的にも「ハラスメントは許されない」という空気を徹底しましょう。
形だけの窓口ではなく、従業員が「安心して話せる」場所を作ることが重要です。
相談者の匿名性と秘密保持を徹底し、相談したことによる不利益な取扱いを禁じる運用を確立します。
心理的ハードルを下げるため、女性・男性双方の相談員を配置したり、外部の専門機関(EAP等)を併用したりするのがおすすめです。
知識として「何がハラスメントか」を知るだけでなく、自身の無意識の偏見に気づく研修が必要。
管理職向けには、実際のケースを用いたワークショップで「指導とパワハラの境界線」を学ばせます。
eラーニングを活用し、全従業員が年1回は必ず学ぶ機会を仕組み化しましょう。
定期的なアンケートで、組織の「温度感」を可視化しましょう。
特定の部署で離職率が突発的に上がっていたり、残業が突出していたりするデータも、異常を察知するヒントになります。
調査結果を経営層で共有し、具体的な環境改善アクションに繋げることが不可欠です。
万が一相談があった際に、「誰が」「どう動くか」のマニュアルを作成しておくのがおすすめです。
被害者のケアを最優先しつつ、加害者への事実確認を中立的に行う手順を事前に決めておきます。
初動を誤ると問題が拡大するため、再発防止策の策定までを一連の流れとして定義しましょう。
実際にハラスメント対策に取り組み、成果を上げている企業の事例を3選ご紹介します。
任天堂のカスタマーハラスメント(カスハラ)対策は、従業員を守るための「毅然とした姿勢」の代表例です。
「お客様は神様」という過度なサービス精神を排し、社会通念上相当な範囲を超える行為には対応しないことを明文化しています。
特筆すべきは、悪質なケースに対して「警察・弁護士への連絡」を公式に明言している点。
曖昧さを排除した具体的な禁止事項は、現場で働くスタッフの大きな安心感に繋がっています。
サントリーグループの強みは、現場の声を瞬時に拾い上げる「多言語ホットライン」の運用力です。
英語、中国語、スペイン語など多言語に対応し、Webや電話、さらには郵送など、あらゆる手段でアクセスできる体制を整えています。
また、単なる窓口設置に留まらず、個々の意識に踏み込んだ「教育」も徹底しています。
たとえば、価値観の違いを認め合う「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」研修を随時実施しています。
「自分たちのための窓口・制度である」と従業員に認識させる風土づくりが、組織の健全性を支える柱になっています。
※参考:サントリー ・ホールディングス『コーポレート・ガバナンス』
パナソニックグループのハラスメント対策は、「人間尊重」の経営理念に基づいた非常に網羅的な設計です。
「お客様が大事」という考え方を堅持しつつも、従業員の尊厳を傷つける不当な要求には、組織として毅然と拒絶する姿勢を鮮明にしています。
特筆すべきは、SNSへの動画投稿やネット上での個人攻撃に対する明確な禁止規定です。
現代特有の「デジタルハラスメント」から社員を守る仕組みが、具体例とともに明示されています。
※参考:
パナソニックグループ『カスタマーハラスメント方針』
パナソニックグループ『パナソニックグループ コンプライアンス行動基準「第2章 私たちの職場」』
「規程や窓口があるだけ」の状態を避け、組織文化として根付かせるためのコツです。
ここでは、対策を成功させるための秘訣をご紹介します。
経営陣自らが研修の先頭に立ち、ハラスメント対策を「重要な経営戦略」と位置付けることが最も重要です。
不祥事が発生した際、役職に関わらず厳正に対処する姿勢(一貫性)が、社員の信頼に直結します。
ポジティブな言動を称賛する「サンクスカード」の導入など、加点方式の文化醸成も有効です。
「何を言っても否定されない」という安心感を現場リーダーが作ることが大切です。
1on1ミーティング等を通じて、日常的な悩みや不満が表出する機会を意図的に増やします。
相談窓口の利用を「告発」ではなく「組織改善への提案」とポジティブに再定義するのが効果的です。
対策を強化する一方で、現場の萎縮には注意が必要です。
厳しすぎる対策が「過度な忖度」を招き、必要な指導まで控えてしまう弊害も。
あくまで「働きやすい職場を作るため」という目的を、丁寧に共有し続ける必要があります。
また、相談担当者のメンタルヘルスケアも忘れてはいけません。
深刻な相談を受け続ける担当者の離職リスクを防ぐため、サポート体制を整えましょう。
事案の発生は、組織の膿を出すチャンスと捉え、真摯に対応する姿勢を取りましょう。
初動を誤ると、二次被害の発生や訴訟リスクが激増します。
まずは被害者の話を遮らずに聴き、心身の安全を確保することが最優先です。
「気のせいではないか」などの二次被害を招く発言は、絶対にあってはなりません。
必要に応じて、産業医やカウンセラー等の専門家へのアクセスなどを速やかに支援しましょう。
被害者、加害者、第三者への聞き取りを迅速かつ個別に行います。
この際、感情論を排し、「いつ、どこで、誰が、何を」の事実関係を客観的に記録しましょう。
双方の主張が食い違う場合でも、予断を持たずに証拠を積み上げることが重要です。
事実に基づき、就業規則に照らした適切な懲戒処分を決定します。
被害者の職場環境を整え、報復や不利益が生じないよう監視を継続しましょう。
発生要因を分析し、組織全体の研修やルール見直しに反映させてこそ、真の解決と言えます。
業務上の必要性があり、その態様が「社会通念上相当」であるかが基準です。
たとえば、執拗な人格否定、大勢の前での過度な叱責などは指導の範囲を逸脱しています。
目的が「成長を促すため」か「感情をぶつけるため」かといった、客観的な視点が求められます。
被害者の同意を得ることが大原則です。
ただし、懲戒処分を行うには加害者に反論の機会を与える必要があるため、慎重な判断が必要です。
特定されない範囲での事実確認から始め、段階的に進めるのが基本です。
自社の従業員であれば、就業場所を問わず「安全配慮義務」の対象です。
取引先や顧客からのハラスメント(カスハラ)であっても、組織として抗議や遮断を行う責任があります。
「守ってくれる会社」という実感こそが、従業員のエンゲージメントを高めます。
ハラスメント対策は、法対応という「守り」の側面だけでなく、生産性向上という「攻め」の側面も持っています。
法対応はあくまで最低限の義務であり、真の目的は、すべての従業員が能力を最大限に発揮できる働きやすさの実現です。
本記事でご紹介したハラスメントの種類や事例などを参考に、まずは自社の現状を把握することから始めてください。
経営トップの意思表明という「最初の一歩」が、組織を大きく変える原動力となります。