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変形労働時間制は、業務の繁閑に応じて柔軟に労働時間を調整できる制度で、適切に導入すれば、残業代の削減や従業員のワークライフバランス向上につながる可能性があります。
本記事では、変形労働時間制の基本から導入するメリット・デメリット、導入ステップなどについて解説します。
変形労働時間制とは、業務の繁閑に応じて労働時間を柔軟に調整できる制度です。労働基準法では、原則1日8時間(週40時間)の労働時間が定められています。
しかし、この制度を導入すれば一定期間の平均を算出し、1週間の労働時間が法定労働時間内であれば、特定の日もしくは週に法定労働時間を超えて労働時間を設定できます。
変形労働時間制とシフト制は、どちらも柔軟な労働時間管理を可能にする制度ですが、その目的と運用方法に違いがあります。
シフト制は主に24時間営業や長時間営業の店舗などで採用され、従業員の勤務時間帯を交代で割り当てる方式です。変形労働時間制が労働時間の総量を調整するのに対し、シフト制は主に勤務の時間帯を調整する点が大きな違いといえます。
裁量労働制は、業務の性質上、その遂行の手段や時間配分を労働者の裁量に委ねる必要がある職種に限定して適用される制度です。
具体的には、専門業務型(研究開発、情報処理システムの設計など)と企画業務型(本社などの事業運営に関する企画、立案など)があります。
変形労働時間制が実際の労働時間を管理し多くの業種や職種で導入できるのに対し、裁量労働制は事前に定めた時間を労働したものとみなし、一部職種に限定して適用される点が大きな違いです。
変形労働時間制には主に4つの種類があり、それぞれ特徴や適用条件が異なります。ここでは、変形労働時間制における種類ごとの特徴と注意点を解説します。
1ヵ月単位の変形労働時間制は、1ヵ月以内の期間を平均し、1週間あたりの労働時間が40時間(特例事業の場合は44時間)以下であれば、日もしくは週の法定労働時間を超えた労働日・労働時間を設定できる種類です。
週平均が40時間未満であれば問題ないため、労働時間を調整できます。
この制度は、小売業や飲食業、サービス業など、月初めや月末に繁忙期があり、月内での繁閑差が激しい事業に多く採用されています。
1年単位の変形労働時間制は、1ヵ月を超える1年以内の一定期間において、1週間あたりの労働時間が40時間以下になるよう、労働時間を配分する制度です。
この制度は、観光業や建設業、製造業など、季節によって繁閑の差が大きい業種に適しています。ただし、導入にあたっては、次の制限があります。
また、労働日や1日の労働時間にはさまざまな制限・特例が設定されているため、事前の確認が必須です。
1週間単位の非定型的変形労働時間制は、1週間単位で労働時間を弾力的に定める制度です。
各日の労働時間の上限は10時間、各週の労働時間の上限は40時間と定め、超過分については割増賃金を支払う必要があるほか、各日の労働時間については1週間前までの通知が必要となります。この制度は、日々の業務量の変動が大きく、直前にならないと勤務時間の割り振りができない業種に適しています。
ただし、導入できるのは、常時使用する労働者が30人未満の小売業、旅館、料理店、飲食店の事業に限定されているため、注意が必要です。
フレックスタイム制は、一定期間の総労働時間を定めておき、労働者がその範囲内で各日の始業・終業時刻を自由に決定できる制度です。この制度は、子育て社員が多い企業や、通勤時間が混雑する都市部の企業などに適しています。
フレックスタイム制の導入にあたっては、コアタイム(必ず勤務しなければならない時間帯)とフレキシブルタイム(自由に出退勤できる時間帯)を適切に設定することが重要です。
なお、フレックスタイムと似た言葉にフルフレックスがあります。フルフレックスはコアタイムが設けられておらず、本当の意味で従業員が自由に就業時間を決められる非常に柔軟な労働時間制度です。
変形労働時間制は、企業と従業員の双方にとって多くのメリットをもたらす労働時間管理システムです。この制度を導入することで、企業は業務の繁閑に合わせて柔軟に労働時間を調整できるようになり、従業員は自身のライフスタイルに合わせた働き方を実現できます。
変形労働時間制の最大のメリットは、残業代を含む人件費の大幅な削減です。この制度では、繁忙期に労働時間を延長し、閑散期に短縮することで、全体的な労働時間を平準化できます。
例えば、年末年始の繁忙期に労働時間を増やし、その分を他の月で調整することで、残業代を抑えながら効率的な人員配置が可能です。
企業全体の生産性向上に大きく寄与するのも、変形労働時間制のメリットです。変形労働時間制であれば、業務量に応じて適切な労働力を配分できるため、人的リソースの無駄を最小限に抑えられます。
また、従業員の疲労やストレスを軽減できるため、長期的には品質の向上やミスの減少にもつながり、さらなる生産性の向上が期待できます。
変形労働時間制であれば、繁忙期に集中して働く代わりに、閑散期にはまとまった休暇の取得が可能です。そのため、従業員は自身のライフスタイルに合わせた働き方を選択できます。
これにより、従業員のワークライフバランスを大きく改善させるだけでなく、従業員の仕事に対するモチベーション向上や、優秀な人材の定着率改善にもつながります。
変形労働時間制を取り入れれば、従業員の働き方に配慮する先進的な企業として認識されるようになり、社会的評価が高まります。
特に、ワークライフバランスを重視する若い世代の求職者にとっては、魅力的な職場環境として映るでしょう。
従業員の自己学習や副業の機会を促進できる点も、変形労働時間制のメリットです。この制度により生まれる余暇時間を活用して、従業員はスキルアップのための学習や資格取得に取り組めます。
また、副業を認める企業が増えている現在、変形労働時間制は従業員の副業活動をサポートする制度としても機能します。そのため、従業員のキャリア発展を支援し、長期的には企業にとっても多様な経験を持つ人材の確保につながるメリットにもなりえます。
変形労働時間制には、導入や運用に関するいくつかの課題があります。これらの課題を理解し、適切な対策を講じることが、制度の成功的な運用には欠かせません。
変形労働時間制の導入には労使協定の締結や就業規則の変更、従業員代表の意見聴取や労働基準監督署への届出などが必要なため、一連の手続きに数ヵ月を要することもあります。
さらに、従業員への説明会の開催や個別の同意取得なども実施しなければならないため、手間がかかることを念頭に置いて導入を進めなければなりません。
変形労働時間制を導入すると労務管理が従来よりも複雑になり、特に労働時間の管理や残業代の計算が難しくなります。
例えば、1ヵ月単位の変形労働時間制では、月ごとに所定労働時間が変動するため、残業時間の計算基準が月によって異なります。
また、シフト制と組み合わせる場合はさらに複雑な管理が求められるため、専門的な知識を持つ人材の確保や、高度な勤怠管理システムの導入が必要となるケースもあります。
制度の複雑さゆえに法令違反のリスクが高まってしまうのも、変形労働時間制のデメリットです。
例えば、1年単位の変形労働時間制では、労働日数の上限や特定期間における労働時間の上限など、細かな規定があります。
また、18歳未満の労働者や妊娠中の女性労働者には適用できないなど、適用対象者に関する制限もあります。これらを誤って運用すると、法令違反となる可能性があります。
法令違反は罰則の対象となるだけでなく、企業イメージの低下にもつながるため、十分な注意と定期的なチェックが必要です。
変形労働時間制の導入により、従業員の残業代が減少する可能性があります。
企業にとってはコスト削減につながるメリットですが、従業員にとっては収入の減少を意味します。特に、これまで恒常的に残業をしていた従業員にとっては、収入が大幅に減少する可能性もあります
このような事態を避けるためには、制度導入の目的や意義を丁寧に説明し、従業員の理解を得ることが重要です。また、残業代の減少を補う形として、基本給の見直しや他の手当の新設を検討するなど、従業員の収入に配慮した制度を設計するのも有効な対策となります。
その仕組みの複雑さゆえ、従業員の理解不足によるトラブルが発生しやすいのも変形労働時間制のデメリットです。
例えば、繁忙期に長時間労働をしたにもかかわらず残業代が出ないと勘違いしてしまう従業員もいます。
また、変形労働時間制を適用している期間中に従業員の異動や退職があった場合の取り扱いなど、想定外の事態への対応に苦慮するケースもあります。
事業の特性や従業員のニーズに合わせて最適な変形労働時間制を導入することは、企業の生産性向上やワークライフバランスの実現に大きく貢献します。しかし、1年単位や1ヵ月単位など複数の選択肢があるなかで、どの制度を選べばよいのか迷われる方もいるでしょう。
業務の繁閑が比較的少ない企業では、変形労働時間制ではなく、通常の労働時間制度(完全週休2日制)を採用するのが一般的です。
ほかにも土曜日を半日勤務にするといった方法があり、IT企業やコンサルティング会社など、年間を通じて安定した業務量がある業種に適しています。
業務に繁閑がある企業では、1ヵ月単位または1年単位の変形労働時間制が適しています。
例えば、月末から月初にかけて月次決算業務が集中する経理部門や、週末・連休客数が増加する飲食業など、月初や月末、特定の週に繁忙期がある業種は1ヵ月単位の変形労働時間制が効果的です。
一方、夏季・冬季でシーズンがある観光業や、収穫期・種付け期のある農業、確定申告時期に業務が集中する税理士事務所など、特定の季節・月に繁忙期がある業種は1年単位の変形労働時間制が有効です。
業務の繁閑が直前にならないとわからない場合、1週間単位の非定型的変形労働時間制が適しています。天候や観光客の動向によって業務量が大きく変動する小規模な観光地のレストランなどとは特に相性がよい制度です。
ただし、この制度は30人未満の小売業、旅館、料理店、飲食店に限定されているため、すべての事業者が導入できるわけではありません。
始業・終業時刻を労働者に自由に選択させることが可能な場合、フレックスタイム制の導入がおすすめです。
フレックスタイム制はコアタイム(全従業員が必ず勤務しなければならない時間帯)の設定や、労働時間の管理が必要ですが、導入すれば労働者が一定の範囲内で始業・終業時刻を自由に選択できます。
そのため、従業員に柔軟な働き方を提供したい場合や、コアタイムを設定して従業員の裁量を大きくしたい場合、業務の特性上、始業・終業時刻を固定できない場合などにおすすめです。
変形労働時間制を導入するためには、慎重な準備と手続きが必要です。
変形労働時間制の導入を検討する前に、まず現在の勤務実態を詳細に調査します。調査する内容は具体的に次のとおりです。
これら調査により、変形労働時間制の導入が本当に必要かどうか、また導入した場合にどのような効果が期待できるかを判断できます。
調査の際は少なくとも6ヵ月、できれば1年間の勤務データを収集することをおすすめします。これにより、季節変動や時事性の高い要素も含めた実態把握が可能です。
勤務実態の調査結果を基に、変形労働時間制の対象者と具体的な労働時間を決定します。この段階で決定すべき主な事項は次のとおりです。
注意点として、18歳未満の従業員や妊娠中の女性従業員には変形労働時間制を適用できない場合があります。また、パートタイム労働者に適用する場合は、別途考慮が必要になることがあるため、注意しましょう。
変形労働時間制を導入する場合、就業規則の変更が必要になります。主な変更点は次のとおりです。
就業規則の変更には、従業員の過半数代表の意見聴取が必要なほか、変更後の就業規則は従業員に周知しなければなりません。
注意点として、就業規則の変更は労働条件の不利益変更と捉えられる可能性があるため、従業員との十分な協議と理解を得ることが重要です。
変形労働時間制の導入には、労使協定の締結が必要です。
なお、労使協定には上記の事項を記載する必要があります。
締結した労使協定は、労働基準監督署に届け出る必要があります。届出に必要な書類は次のとおりです。
1年単位の変形労働時間制の場合、対象期間が始まる30日前までに届け出る必要があります。
注意点として覚えておきたいのが、届出が受理されても、その内容が法令に適合しているかどうかの判断は別途実施されることです。もし法令違反がある場合は、後日是正勧告を受ける可能性があります。
変形労働時間制の導入が決定したら、全従業員に対して十分な説明を実施しなければなりません。説明会では次の点を明確に伝える必要があります。
注意点として、説明会は複数回開催し、全従業員が参加できるようにすることが重要です。また、説明会の内容は文書化して配布し、後から参照できるようにしておくことをおすすめします。
全ての準備が整ったら、労使間で合意した期日から変形労働時間制の運用を開始します。運用開始後は、次の点に注意して管理・観察を実施しましょう。
注意点として、運用開始後3ヵ月、6ヵ月、1年といった節目で制度の効果を検証し、必要に応じて見直すことが重要です。
また、従業員からのフィードバックを定期的に収集し、問題点の早期発見と改善に努めると制度の実効性をより高められます。
変形労働時間制を導入していても、予期せぬ業務の増加や緊急対応により残業が発生するケースは少なくありません。しかし、通常の労働時間制とは異なり、変形労働時間制では各期間の労働時間が変動するため、残業時間の計算や割増賃金の取り扱いにはいくつかの注意点があります。
ここでは、法令に則った適切な残業管理の方法と、よくある誤りについて解説していきます。
これは多くの企業が誤解しがちな点ですが、変形労働時間制はあくまで所定労働時間の配分を変更するだけであり、残業代の支払い義務を免除するものではありません。
そのため、変形労働時間制を導入していても、所定労働時間を超える労働に対しては時間外労働となり、残業代の支払いが必要です。
変形労働時間制における残業時間の計算方法は、制度の種類によって異なるため、注意が必要です。ここでは、各制度における残業時間の計算方法について解説します。
1ヵ月単位の変形労働時間制の場合、残業代は次の3つの基準に基づいて算出します。
各日 | 所定労働時間を8時間以上と定めている場合、実際の労働時間が所定労働時間を超えた分が残業となります。 所定労働時間が8時間未満の場合は、8時間を超えた分が残業時間です。 |
各週 | 所定労働時間を40時間以上と定めている場合、実際の労働時間が所定労働時間を超えた分が残業となります。 所定労働時間が40時間未満の場合、40時間を超えた分が残業時間ですが、各日の基準日で残業扱いになった時間は除外しなければなりません。 |
設定された各変形期間 | 労働時間(暦日数÷7×40)を超えた分が残業時間となりますが、各日・各週の基準で残業扱いとなった時間は除外しなければなりません。 変形期間で残業が発生した場合、残業代は各日・各週と変形期間内の残業時間で分けて計算したうえで、その合計を支給します。 |
残業代の計算方法は次のとおりです。
一般的には、残業代は1.25倍で計算されることが多いですが、変形期間で発生した残業代については0.25倍で計算されます。
1年単位の変形労働時間制では、1ヵ月単位の変形労働時間制と同じく各日、各週に設定された変形期間ごとに設定された法定労働時間を超えた時間を残業時間とします。
計算方法も1ヵ月単位の変形労働時間制と同じです。なお、1年単位の変形労働時間制では労働時間に制限があり、原則1日10時間、週52時間となっています。
1週間単位の非定型的変形労働時間制における残業計算基準は次の2つです。
上記時間を超えた場合、残業時間が発生します。
フレックスタイム制では、清算期間(1~3ヵ月)における法定労働時間(清算期間の暦日数÷7×40)を超えた部分が残業となります。
また、清算期間が1ヵ月以上の場合、1ヵ月ごとの労働時間が週平均50時間を超えた部分が残業となり、時間外労働として25%の割増賃金を支払わなければなりません。
フレックスタイム制は変形労働時間制の1種ですが、残業時間の計算方法が他の制度とは異なるため、注意が必要です。
変形労働時間制は、業務の繁閑に合わせて柔軟な労働時間管理を可能にする制度です。本記事では、シフト制や裁量労働制との違いから、1ヵ月単位、1年単位、1週間単位の変形労働時間制、そしてフレックスタイム制まで、それぞれの特徴について解説してきました。
これらの制度を導入することで、効率的な人員配置や生産性の向上、従業員のワークライフバランスの改善といったメリットが期待できます。一方で、労務管理の複雑化や法令違反のリスク、従業員との合意形成の難しさなど、留意すべき課題もあります。
管理部門・バックオフィスの担当者として最も重要なのは、自社の業務特性を十分に分析し、最適な制度を選択することです。業務の繁閑状況や従業員の働き方の希望を踏まえながら、慎重に検討を進める必要があります。
変形労働時間制は、適切に運用することで企業と従業員の双方にメリットをもたらす制度です。本記事を参考に、自社に最適な制度の検討と、確実な導入・運用に役立ててください。