関連サービス
コーポレートガバナンスは、現代の企業経営において欠かせない要素となっています。
企業の健全な運営と法的リスクの管理には、コーポレートガバナンスの考え方、概念、コーポレートガバナンスを構築していく方法などを理解することと、適切な運用が不可欠です。
本記事では、コーポレートガバナンスの基本的な意義から、その具体的な要素、課題、強化方法、そして成功事例について詳しく解説します。
コーポレートガバナンスの重要性を再認識し、実践に役立てていただければ幸いです。
本記事のポイント
コーポレートガバナンスとはどのようなものでしょうか。意義や目的、内部統制との違いについて解説していきます。
コーポレートガバナンスとは、「企業統治」とも呼ばれ、株主をはじめとするステークホルダーの利益を最大化するため、組織の不正や不祥事を防いで公正な判断や運営がおこなえるよう監視・監督する仕組みを意味します。
実際のコーポレートガバナンス・コードによれば、「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」をいうものと定義されます。
参考:コーポレートガバナンス・コード|株式会社東京証券取引所
コーポレートガバナンスの目的は、主に以下の3つが挙げられます。
コーポレートガバナンスを構築し、強化することで、企業の不祥事の発生を防止することが可能となります。
なぜ企業の不祥事を防止する必要があるのかといえば、企業の提供する様々な商品やサービスが人々の生活や社会の基盤をつくっているからです。
もっといえば商品やサービスが信頼されて広く利用されているほど、不祥事によって商品やサービスの質や安全性、信頼が損なわれると、それらによって得られる便利さや不便さの解消ができなくなるからです。
企業は、株主をはじめとするステークホルダーに対し利益を還元する必要があります。
企業がおこなう事業は公共財の提供や行政サービスではなく、あくまでも利益を生み出していくことが必要です。
コーポレートガバナンスが徹底されていないと、社内の業務フローや組織の運営で不正が起き、適正な意思決定を確保できず、結果的に事業運営が成り立たなくなるなど損害が生じてしまいます。
また企業の不祥事防止の裏返しとして、コーポレートガバナンスが確保されることにより、顧客や取引先、ひいては社会との信頼関係を構築することにもつながります。
コーポレートガバナンスに積極的に取り組むことで、透明性の高い企業であることが外部にアピールすることができます。
それにより、企業は出資や融資を受けやすくなり、新たな事業の推進や人材の確保など中長期的な企業価値の向上を図ることが可能となります。
コーポレートガバナンスと合わせて重要な概念として、内部統制が挙げられます。
内部統制は、金融庁の定義によれば次のとおりです。
内部統制とは、基本的に、業務の有効性及び効率性、財務報告の信頼性、事業活動に関わる法令等の遵守並びに資産の保全の4つの目的が達成されているとの合理的な保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内のすべての者によって遂行されるプロセスをいい、統制環境、リスクの評価と対応、統制活動、情報と伝達、モニタリング(監視活動)及びIT(情報技術)への対応の6つの基本的要素から構成される。
コーポレートガバナンスは、事業活動を行う仕組みが透明化されていること、ステークホルダーとの協働を通じて商品・サービスの付加価値が社会課題解決の観点から定義づけされていることなど、事業を最適化する仕組みがどのような形で社会に役立つように設計されているかという点に焦点が当てられます。
一方の内部統制は、より細かく事業を最適化する仕組みの中で、起こりうる様々なリスクに対するマネジメント、リスク排除・低減のための十全な仕組みがあるかどうかという点に焦点があてられるものといえます。
コーポレートガバナンスと内部統制の関係性は、企業が事業活動をおこなうための準則・基準といった意味で抽象的には共通点を持ちつつも、コーポレートガバナンスは事業活動がステークホルダー・社会にとって受け容れられるように最適化するためのものであるのに対し、内部統制は事業活動を具体的運用していくにあたってのリスクマネジメントを担保する仕組みであるという違いがあります。
コーポレートガバナンスには、5つの要素があります。それは、コーポレートガバナンス・コードにも示されている次の5つです。
以下、それぞれの要素のポイントを解説していきます。
コーポレートガバナンスの起点として、株主に焦点が当てられます。
その際の視点は様々ありますが、主に株主の議決権、少数株主や海外の株主、資本政策の在り方といった観点が挙げられます。
株主の議決権は、経営の根本となる資本提供者によるオーナーシップを裏付けるために、「実質的に確保」する必要があります。
近年では株式の内容もユーティリティの設計を柔軟におこない、投資インセンティブをつけるため、優先株式の発行やコンバーティブルエクイティの活用なども進んでます。
そのなかで株式の種類や数に応じた権利行使を提供することと、その前提となる株主への情報提供が重要とされます。
企業は株主だけでなく、さまざまなステークホルダーとの協働関係を築くことが重要です。
ここにいうステークホルダーには、顧客、従業員、取引先、事業を支えるインフラを提供する事業者、地域社会などが挙げられます。
ステークホルダーとの関係性の密度や、内容、性質をもとに多角的な視点を持ち、適切な関係性を構築していくことで、企業の持続可能な成長を実現することができます。
人的資本という考え方が重要視されていますが、従業員は企業の重要な資産です。
AIにより人的なリソースがAIに代替されていく側面はありますが、あくまでそのモチベーションと満足度を高めることが企業の成功につながります。
従業員に対して、公平な評価制度やキャリア開発の機会を提供することが重要です。
長期的なビジネスパートナーとしての取引先との信頼関係を築くことで、安定した供給や協力体制を確保できます。
これには、透明な取引条件の提示や定期的なコミュニケーションが必要です。
地域社会との良好な関係を築くことで、企業は地域からの支持を得ることができます。
地域社会への貢献活動や環境保護活動を積極的におこなうことが求められます。
情報開示は株主・投資家保護、市場の信頼性確保のために重要とされますが、より広く事業を取り巻くステークホルダーのほか、社会の中での位置づけを踏まえた情報開示が求められています。
その最たる例が、ESGの観点やサステナビリティに関する情報の開示です。
複雑な要因で経営環境が左右される現代では、財務情報だけでは足りず、経営を取り巻く環境に関する非財務情報が持続的な経営において重要視されているためです。
また、最近のコーポレートガバナンスの考え方は、取締役会の位置づけや機能が変容しています。
1つは、リスクヘッジではなくリスクテイクを志向するものとして位置づけている点です。
2つ目は、構成員である取締役の中に独立性がある独立社外取締役の設置を求め、経営モニタリングの客観性を求めていることです。
3つ目は、取締役の構成において多様性が求められていることです。女性の社外取締役登用の推進や、スキルマトリクスを活用した開示を基本とする実務が浸透していることにも表れています。
株主との建設的な対話も、コーポレートガバナンスの基本的な要素として重要視されます。
株主総会実務やいわゆるアクティビストとの対応のあり方など、基本的には法令に定められたルールの枠内で考えていくことが通例でした。しかし、投資家との関係性構築や信頼性を高めていく上では、総会などのオフィシャルな場以外での対話を重要視していく向きがあります。
例えば、コーポレートガバナンス・コードの原則の中で、株主との面談機会の設定や対応の基本方針が示されています(原則5-1)。IR担当や経営企画などが、積極的に株主との対話を促進していくことが定められています。
参考:コーポレートガバナンス・コード|株式会社東京証券取引所
一方で、コーポレートガバナンスの仕組みを構築し、あるいは構築した仕組みを強化していく際にも様々な課題に直面します。
コーポレートガバナンスの仕組みを整備するためには、監査人材の確保や弁護士等の専門家への依頼を要する場合があり、かなりの時間とコストを要することが考えられます。
コーポレートガバナンスは、継続的に取り組むことにより効果が発揮できるものであるため、どのぐらいのコストをかければよいのか、事前に見通しが付きにくいこともあります。
一部の大企業を除き、コーポレートガバナンスの仕組みを整備するための財源を確保することが困難である企業が存在することは課題であるといえます。
コーポレートガバナンスの運用には、社外取締役や社外監査役等、専門的な知識・経験を持つ人材が必要となります。
財務や情報開示に関する部分だけでなく、コンプライアンスやメディアリレーションも重要視されるため、それらを全体最適のガバナンスの仕組みを整えられる専門性のある人材が求められます。
しかし、このような人材を確保することは容易ではありません。適任者が少ないのみならず、優秀な人材を確保するには、それなりのコストも要するのが実情であるからです。
現代では人材の流動性が高く終身雇用が崩壊している実情から、ガバナンスの持続性を確保するためにナレッジマネジメント、属人性を排除していく業務フローの構築が不可欠となります。
しかし、実際にはそうした仕組み化が追い付かないうちに人材が入れ替わり、ガバナンスが確保されないまま形骸化していく例があります。
そうしたガバナンス体制の持続性確保については、大きな課題であるといえるでしょう。
コーポレートガバナンスの構築ができていない、あるいは不十分な場合に起こる実際のケースとして3つをご紹介していきます。
1つが、粉飾決算や脱税など財務や税務に関する違反です。
財務管理やその報告体制は、企業運営の基盤であり、特に株主やステークホルダーの信頼を損ねるおそれが大きいことから、ガバナンス上の問題としても特にネガティブにみられる類型です。
また企業の経営状況を図る指標が財務状況に表れることから、不正会計を防止するガバナンス体制が確保されていなければ、株主のみならず顧客や取引先への影響も重大なものとなるおそれがあります。
そのため、小さな問題点であってもクローズアップされやすいと考えられます。
2つ目は労務関連の問題です。人的資本経営の観点から、ガバナンス上重要な問題類型となります。
とくに残業代未払やハラスメント、不当解雇などの就業環境に関するものは、人口減少社会を背景として多くの企業が人材不足であることから、企業の人的資源の確保に大きく悪影響を与える可能性があります。
AIの台頭によって、人間が手を動かして事業を動かすことの必要性も問われていますが、そうであるからこそ、人が価値を発揮する場面で優秀な人材を活用できる環境をつくることが重要となります。
そのため、その基盤となる労務環境に関するガバナンスの問題は、事業への影響も大きくなると考えられます。
3つ目は、情報セキュリティです。
とくに現代では様々な商品やサービスが生まれており、情報社会のなかでいかに自社のアイデアや顧客情報をもとにしたデータを活用するかが重要視されています。そのため、企業内の機密情報の管理は極めて重要なポイントになります。
また個人情報についても、取引をおこなう上での重要な基盤であり、サービスの信頼を確保するために重要な資産となります。
そのために、機密情報や個人情報の漏えい事案では、情報ガバナンスの欠如が大きなレピュテーションリスクの顕在化を招き、事業運営に大きく影響してきます。
次に、コーポレートガバナンスを強化する方法として、どのようなことが考えられるでしょうか。
社外役員の設置も重要なポイントです。
多様なバックグラウンドを持った社外取締役や社外監査役を設置することは、企業経営の透明性と公正性の向上に貢献するといえます。
コーポレートガバナンスの効果を最大限に発揮するため、社外取締役等の独立性を十分に確保し、積極的な意見表明を促す環境を整備することが求められます。
コーポレートガバナンスを強化するためには、一部の経営陣のみならず、全従業員が日常の業務から意識をすることが重要です。
コンプライアンスや内部統制の仕組みを動かしていく上で、コンプライアンスを所管する法務や、コンプライアンス委員会のような組織だけでは手を回していくことが困難であるからです。
そこで、社内教育・研修の充実と強化を図り、ボトムアップで社員全体のガバナンスリテラシーを高めていくことがポイントになります。
したがって、コーポレートガバナンスに関する定期的な教育を行い、全従業員の意識を高めていくことが求められます。
経営の迅速化と効率化を図るため、執行役員制度を導入することが有効です。
執行役員とは、取締役の代わりに業務を執行する役員であり、取締役の業務が集中することを回避するために設けられた役職です。
ガバナンス体制の戦略面では、ボードメンバー以上のレイヤーでの議論が重要ですが、現場での仕組み構築や運用の面では、専門性がありかつ現場の目線に近いマネージャーポジションが必要となります。
そこで執行役員の導入により、取締役の負担が減少することから、社内の監督業務を強化することが可能となります。
最後に、コーポレートガバナンスの構築や強化に関する成功事例として、コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤーで入賞した3社の事例をご紹介していきます。
荏原製作所は、監督の機能不全を機にガバナンス改革に着手し、社外取締役を導入しました。また「守り」のガバナンスから「攻め」のガバナンスに重点を置き、スピード感を持ってガバナンス改革に取り組みました。
その結果、荏原製作所は日本取締役協会が主催する「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー2023」で大賞を受賞しました。
審査委員である伊藤邦雄氏は、同社を「経営もガバナンスも経営者のハンズオンによる実行力が成果を生んだ象徴的事例」であると評価しています。
参照:「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー2023」でGrand Prize Company(大賞)を受賞|荏原製作所
味の素株式会社は、組織が縦割りにたこつぼ化している点が課題でした。そこで積極的に多様な外部の識者を導入し、取締役会と経営会議の密接な意思疎通・運営等のコーポレートガバナンス体制を構築しました。
具体的には、食品業界としては珍しい指名委員会等設置会社として指名委員会・報酬委員会・監査委員会を導入し、取締役会議長や各委員長は全て独立社外取締役で構成されています。
参照:味の素(株)、コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー2023「Winner Company」を受賞|味の素株式会社
セイコーエプソン株式会社は、10名の取締役がいる中で、独立社外取締役が6名を占めています。
経営会議で討議された中長期戦略等は社外取締役が閲覧可能となっており、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図るための仕組みが構築されています。
同社は、ガバナンスの実効性を上げるため、上記のような工夫を凝らしている点が評価され、「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー2023」において入賞しました。
参照:「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー2023」の「Winner Company(入賞)」を受賞|EPSON
最後に、本記事のポイントを3つにまとめます。
愛知県弁護士会所属。旭合同法律事務所に所属しながら、事業会社の法務部に出向。企業法務に関心があり、取り扱い分野は戦略・政策渉外、コーポレートガバナンス、内部統制、M&A、ファイナンス、AI、Web3.0、SaaS、人材プラットフォーム、航空・宇宙、データ法務、広告法務、エンタメ、消費者被害、相続、破産・再生など。学生時代は法律問題を取り上げるメディア運営会社にてインターンを経験し、現在もWEBメディアにて執筆活動を続ける。詳しいプロフィールはこちら:https://asahigodo.jp/lawyer-introduction/kawamura-masaki/