関連サービス
IPO(Initial Public Offering)とは、日本語で「新規上場株式」「新規公開株」ともいい、株を売り出して上場し、誰でも株取引できるようにすることです。
そして、IPOを目指すためには上場企業と同レベルの内部統制を構築しなければならず、その構築においてIPO経理は重要な役割を担っています。
本記事では、IPO経理の役割やIPOフェーズごとの対応内容、業務内容、必要な資質、メリット・注意点、経験を活かした転職先について解説いたします。
非上場企業から上場企業の会計基準への切り替えが、IPOにおける経理の役割です。IPOにおける経理の具体的な役割は、次の2つです。
それぞれ詳しく解説します。
非上場企業の場合、決算書作成は税理士に任せたり、融資を受けるときのみ税務会計をしたりすれば問題ありませんでした。
しかし、上場企業は各種会計基準などに基づき財務会計で決算書を作成する必要があるため、上場企業レベルの会計基準を導入しなければなりません。
そのため、計上が複雑になったり、書類管理が必要になったりするなど、経理の役割は非常に重くなっていきます。
会計の不備や赤字を隠すために粉飾決算が発覚した場合、企業の信用が損なわれて株価が暴落し、投資家が不利益を被ってしまいます。
不利益による投資参加者の減少を防止するため、取引所は正しい会計をしていない企業を上場させません。
企業の上場に向けて、上場企業の基準に則った正しい会計を実施したり、マニュアルを作成して企業全体に周知したりすることも、IPO経理の役割となります。
IPOを目指す企業において、経理部門は各フェーズで異なる対応が求められます。
ここでは、次の4項目に分けて、各フェーズの経理の対応を解説します。
それぞれ詳しくみていきましょう。
N-3期は、上場申請期(N期)の3期前で、直前々々期ともいわれる時期です。この時期は、IPO準備をはじめるための準備期間です。
経理部門は業務プロセスの見直し・改善や、不正・ミスを防ぐための社内規定を整備、監査法人・主幹事証券会社の選定・検討などに対応します。
なお、この時期はIPO準備業務が本格化しているわけではないため、そこまで忙しくはありません。
ただし、経理をはじめとするバックオフィスの人材不足が深刻化している場合、管理部門業務も兼務しなければならないため、IPOとは別の部分で忙しくなる可能性があります。
また、プロジェクトが始動しはじめるN-3期後半に入ると、ポジションによっては忙しくなってくるため、注意が必要です。
N-2期は、上場申請期(N期)の2期前で、直前々期ともいわれる時期です。
この時期からIPO準備が本格化します。
主幹事証券会社の決定にともなって、証券会社から必要資料の提出を要請される他、N-2期末までに管理部体制の水準を引き上げる費用があります。
そのため、このフェーズでは、経理部門は経理・財務フローの整備や経理業務の内製化、内部統制強化、会計システムの導入、主幹事証券会社との連携、資料作成業務などに対応していかなければなりません。
対応業務が多岐にわたることから、1人1人の業務量が増加しはじめる時期です。
N-1期は、上場申請期(N期)の1期前で、直前期ともいわれる時期です。
このフェーズでは、経理部門はN-2期に構築した内部管理体制を1年間運用し、適切に運用されているかどうか監査法人の監査を受けます。
また、上場申請書類の作成も経理部門の役割です。
ただし、上場申請書類とは、事業・財務状況・経営成績の説明などを詳細にまとめたもので、ページ数は何百ページにもわたります。
経理部門で対応してもよいですが、作業量が膨大なため、専門のコンサルタントに委託する場合も少なくありません。
N期は、上場申請期(N期)つまり、申請期です。
このフェーズでは、経理部門は証券会社の引受審査や証券取引所の上場審査などの対応が主な業務となります。
証券会社の引受審査では、内部管理体制や予実管理体制、株式の売り出し可否など、さまざまな視点で審査されます。
そのため、証券会社の担当者としっかりと連携し、事前対策を練っておかなければなりません。
ただし、これらはあくまでも一例であり、IPO経理といっても対応する業務や役割は企業によって異なります。
そのため細かい部分については、転職時にしっかりと確認することが大切です。
IPO経理の具体的な業務内容は、次の7つです。
それぞれ詳しく解説します。
上場企業は、投資家や証券取引所に対して信頼性の高い財務情報を提供しなければなりません。
IPO経理は財務諸表を作成・開示しなければならない他、決算短信や有価証券報告書など、非上場企業の時には作成する必要がなかった多数の書類を作成します。
また、上場企業では会計を裏付ける書類を網羅的に保管しなければなりません。
そのため、会計書類を整理して請求書や領収書などの書類を正しく保管したり、契約書などを締結していない取引先に対して契約書・検収書などを取り交わしたりします。
IPOを目指す企業では、在庫や固定資産の棚卸を厳密に行い、財務諸表に正しく反映させることが重要です。
企業の財務状況を正確に示すためにも、定期的な棚卸は欠かせません。
ただし、棚卸を実施していても精度が不十分だったり、実施者によって精度にばらつきがでたりしていては意味がありません。
そのため、棚卸のマニュアルを作成して担当者全員に共有し、棚卸の精度向上を図ることもIPO経理が対応していくべき業務の1つです。
内部統制の強化も、IPO経理が担う業務の1つです。
具体的な業務内容としては、不正やミスを防ぐための社内規定の整備から規定が正しく運用されているかの確認や、業務プロセスの見直し・改善などが挙げられます。
また、内部統制の強化にあたり、IPO経理主導で日常経理や財務諸表の作成・開示にあわせた会計システムの導入などにも対応しなければなりません。
IPOに向けて設備投資や人材投資が必要となるため、多額の資金が必要となります。
資金調達に向けて事業計画を立て銀行や投資家と交渉するのも、IPO経理の業務です。
ただし、資金調達する際は、仕訳記帳の経理担当と、資金管理の財務担当を分けて、必ず2人以上の担当者がいる体制にしなければなりません。
両方の業務を1人で担当している場合、チェック機能が効かなくなり、不正の温床となるリスクがあるからです。
内部監査は、企業で日々実施されている会計の正確性を確認するための重要な手段です。
IPO経理は、内部監査担当者の求めに応じて必要書類を提出したり、指摘事項があった場合は改善したりします。
IPOを実現するためには、証券会社や証券取引所の審査をクリアする必要があります。
IPO経理は審査に必要な書類の準備や、証券会社の中間・最終審査過程で質問や指摘への対応が求められます。
監査法人の対応もIPO経理の業務の1つです。
一口に監査法人対応といっても、ヒアリング対応や必要な情報・資料の提供、監査結果に基づく改善など、IPO経理が対応しなければならない業務は多岐にわたります。
IPO準備の一環として、証券会社や投資家が行うデューデリジェンス(企業調査)への対応も必要です。
企業の財務状況、ビジネスモデル、リスク要因などに関する詳細な情報を提供し、調査に協力します。
IPO経理に必要な資質は、次の3つです。
それぞれ詳しく解説します。
IPO経理として活躍するためには、IPO関係者とのコミュニケーションスキルが必要です。
IPOを成功させるためには、内部の他部門はもちろん、監査法人や証券会社、証券取引所といった、多くの外部関係者とも連携しなければなりません。
IPO関係者と連携し効率的かつ迅速にIPOの準備を進めていくためには、主体的にプロジェクトを推進していく高いコミュニケーションスキルが求められます。
必要資料の作成スキルもIPO経理には必要です。
上場企業になると、財務諸表や内部統制報告書、決算短信、有価証券報告書、投資家向けのIR資料など、多くの資料を作成する必要があります。
決算短信や有価証券報告書はルールに則った資料作成が必要な他、IR資料は投資家が企業を応援したくなるような内容で作成しなければなりません。
そのため、IPO経理では、内容に合わせて必要資料を作成するスキルが必要となります。
円滑・スピーディな事務スキルも、IPO経理には必要な資質です。
上場企業は非上場企業とは比較にならないほど世間の目が厳しくなるため、少しのミスでも企業の信用を大きく落とす事態となります。
IPO経理は一般経理と比べて業務内容が多岐にわたります。
そのため、多くのタスクを同時に管理しながらも、円滑でスピーディに業務を進行する事務スキル、突発的な問題にも迅速に対応できる柔軟性が必要です。
必要資料の作成スキルが必要とはいえ、IPO経理に必要な資質は一般経理とほぼ変わりません。
経理の業務内容が苦手でない場合、頑張り次第ではIPO経理として活躍できる可能性は十分にあります。
IPO経理を担当するメリットは、次の3つです。
それぞれ詳しく解説します。
IPO経理を担当することで、企業の株式公開に向けた準備業務を経験できます。
すでに体制が整備されている上場企業では携われない業務に携われるため、高度な専門知識と実務経験を積むことが可能です。
IPO準備の経験は、経理人材としての市場価値を大きく高めます。
IPOを成功させるためには、高度な専門知識と実務経験が求められるため、IPO準備経験を持つ経理担当者は非常に貴重な存在です。
IPO準備の経験によって市場価値が高くなれば、キャリアアップの機会が増え、転職市場でも有利に働くことが期待できます。
キャリアの幅も広げられることも、IPO経理を担当するメリットです。
IPO準備に関わることで、財務や法務、内部統制、監査対応など、さまざまな分野の知識とスキルを身につけられるため、経理担当者としての専門性と総合力が向上します。
これにより、CFO(最高財務責任者)や経営幹部、経理部のマネジメントなど、さまざまなキャリアパスが開けます。
IPO経理を担当する場合の注意点は、次の2つです。
それぞれ詳しく解説します。
IPO準備は多くのリソースと時間を要するプロジェクトですが、必ずしも成功するとは限りません。
市場環境の変化や企業の内部事情により、準備が止まったり、上場準備から撤退したりする場合もあります。
そのため、IPO経理として転職する場合は、撤退リスクも念頭に置いておかなければなりません。
IPO準備は、特定の時期に非常に激務になることがあります。
特に財務諸表の作成や監査対応、証券会社や証券取引所とのやり取りが集中する時期は、残業が慢性化し、長時間労働になりやすいです。
そのため、介護や子育てなどでワークライフバランスを保ちたいという方は、注意しなければなりません。
IPO経理の経験を活かせる、3つの転職先を紹介します。
IPO経理の経験を持つ人材は、IPOを目指す企業に重宝されます。
理由は、IPO準備のプロセスを理解して実務経験を持つ経理担当者を求めているからです。
財務諸表の作成や内部統制の強化、監査法人や証券会社との連携など、IPO準備の実務経験を活かして、企業の上場プロジェクトを推進する役割を担えます。
上場企業では、厳格な財務報告や内部統制が求められます。
IPO準備業務は上場企業の経理業務の基盤となるため、IPO経理の経験があれば、上場企業であっても即戦力として活躍できる可能性が高いです。
また、ポジションによっては、上場企業出身者を求める求人を出しているIPO準備企業もあります。
そのため、上場企業で経験を積めば、さらなるキャリアアップにつなげることも可能です。
コンサルティングファームでは、IPOを目指す企業に対して専門的なアドバイスを提供する役割があります。
IPO経理の経験を持つ人材であれば、クライアント企業に対して実務的なサポートができる他、財務諸表の作成支援や内部統制の構築、監査対応のアドバイスなど、具体的な経験に基づいたコンサルティングが可能です。
なお、コンサルティングファームへの転職を希望する場合、IPO経理の経験だけでなく、経営・マーケティングの資格・知識があると、より市場価値を高められます。
IPO経理で活躍していくためには、一般経理よりも高度な資質が求められる他、時期によっては激務になるなど、注意点も少なくありません。
しかし、IPO経理の業務範囲は多岐にわたるため、非上場の中小企業の経理では経験できない業務を経験できます。
そのため、IPO経理を経験すれば、自分の市場価値を高めて、今後のキャリアアップに大きな影響を与えてくれるでしょう。
法務部・経理財務をはじめとした管理部門のコンサルタント。不動産営業・管理事務等を経験したのち、バックオフィス専門のアドバイザーとして参画。