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五月病という言葉もあるように、ゴールデンウィーク後は、会社で退職者が続出しやすい時期です。2024年は、新入社員を中心に退職代行の利用が広がり、新入社員の退職が話題となりました。
多くの企業では、試用期間を3ヶ月と定めていることが多く、その試用期間中に退職を申し出る従業員も少なくありません。
そこで本記事では、試用期間における退職について、会社側としてどのように対応するのか、注意すべきポイントなどを解説します。
まず、そもそも試用期間とはどのようなものでしょうか。基本的な点を整理します。
試用期間とは、企業が本採用をするか否か判断するために設けられたお試し期間のようなものです。企業は、この試用期間中に、社員の勤務態度や能力等を見て、本採用するか否か判断することとなります。
試用期間は、採用前の書類や面接を通じた採用選考では、スキルや資質面の適性のほか、会社の勤務環境や文化、社内の人間関係への適応について十分に判断をすることは困難であることから、経営の必要に基づき創設されました。
試用期間の長さについては、労働基準法などで明確に定められていませんが、一般的には3か月~6か月程度で設定されます。
もっとも、試用期間は、職務の専門性や部署の体制など、個々の会社の実情によって異なるため、事前に社労士などに確認しておくのが良いでしょう。
判例上、試用期間中の契約関係は、「解約権留保付労働契約」が成立していると解されています(三菱樹脂事件―最大判昭48・12・12)。
解約留保権付労働契約というのは、他の正社員と同様に雇用契約が成立することを前提とした上で、一定期間の中で会社が対象の従業員に対し本採用を拒否する権利があるということです。
会社が、試用期間中に従業員の方から退職の申出を受けた場合、どのように対応するのが適切でしょうか。
前提として、法的な観点を確認しておきましょう。ここで、無期雇用の場合と有期雇用の場合とで異なるため、整理していきます。
正社員のように雇用期間の定めがない場合、従業員は退職日の2週間前までに、会社に対し退職の申入れをすれば退職が可能となります(民法627条1項)。
もっとも、会社の就業規則に、退職に関する定めがある場合には、原則として就業規則の規定が適用されるため、注意が必要です。
契約社員やパート等、雇用期間が定められている場合は、原則として契約期間が満了する日まで退職はできません。
ただし、民法上の「やむを得ない事由」が認められる場合には、直ちに契約を解除することが可能です。
退職の意思の事前表明は、常に必要とされるわけではありません。「やむを得ない事由」が認められるときは、直ちに契約の解除をすることが可能です。「やむを得ない事由」は、一般的に心身の障害や身内の介護等の事情がある場合が挙げられます。
従業員の退職の申出に対して、企業側が退職を拒否することは違法とされます。
日本の労働法制では、上記のような民法の一般的な定めを中心に、被用者の退職(雇用関係の解消)の自由が裏付けられています。一度会社に入社したからといって、その会社で一生働き続けなければならないものではないとされています。
そのため、基本的には退職の手続を適切に進めることが必要です。
一方で、退職を申し出た社員に対して、慰留する交渉が直ちに違法とされるわけではありません。
企業側として、退職した理由を尋ねたり、その上で退職理由について会社として改善することも提示しつつ、職務を継続してくれることを打診することはできます。
ただし、あくまで従業員の意思決定に委ねる、一度検討を促す程度にとどめる、在職を強要することではないことを念入りに伝えることが重要です。
たとえば、単に後任がいないことを理由に一定期間は退職時期を延ばすように強要することは違法となります。
また、退職した場合に損害賠償を請求する、などの脅しをかけることも違法です。何度も何度も、退職の申出に対して、「考え直して欲しい」などと再検討をさせることも違法となる可能性が高いと考えられます。
従業員からの退職の申出を受けた場合、様々な手続が必要となります。どのように手続を進めるかを確認しておきましょう。
試用期間でも雇用契約は成立しているため、無期雇用労働者は退職の2週間前までに退職の意思を表明することが必要となります。
退職には、「合意退職」と「自主退職」がありますが、前者の場合、退職届の提出は法律上必須とはされていません。
もっとも、退職条件や退職理由について、後にトラブルになるリスクを避けるべく、会社としては退職届に加え退職合意書を作成するよう従業員に求めるのが良いでしょう。
また、後者すなわち自主退職の場合には、退職届の提出がなされてから14日経過後に退職が可能となります。
従業員が無期雇用労働者であるか、あるいは有期雇用労働者であるか、退職の種類が合意退職であるか自主退職であるかによって、それぞれ必要となる手続きや注意すべきポイントが異なります。
会社は、従業員が退職した場合、速やかに保険証を回収し、被保険者資格喪失届と共に日本年金機構へ返却する必要があります。その後、保険証の返却を受けた日本年金機構は、当該保険証を協会けんぽへ返納することとなります。
社会保険の取扱いについて、会社は、従業員が退職した場合、「健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届」を退職から5日以内に日本年金機構へ提出する必要があります。
参考:「従業員が退職・死亡したとき(健康保険・厚生年金保険の資格喪失)の手続き」|日本年金機構
雇用保険についても、会社は、従業員が退職した翌々日から10日以内に、「雇用保険被保険者資格喪失届」及び「雇用保険被保険者離職証明書」を、事業所を管轄するハローワークに提出する必要があります。
ただし、退職した従業員が「雇用保険被保険者離職証明書」の交付を希望しない場合には、会社はこれを提出する必要はありません。
参考:「雇用保険被保険者離職証明賞についての注意」|厚生労働省
会社は、退職する従業員の「源泉徴収票」を2通作成し、退職後1か月以内に、税務署長及び従業員へそれぞれ交付する必要があります(所得税法226条)。
源泉徴収票の交付は義務であり、これを怠った場合は、1年以下の懲役または50万円以下の罰金に処されることとなる(同法242条)ため、注意が必要です。
企業側として、そもそも試用期間中の退職を防止するために、どのようなことをすべきでしょうか?
試用期間中は、慣れない業務や新しい人間関係等でストレスを感じやすい環境にあります。いまだ社内の人間関係が構築されていない段階であると考えられるため、何か業務や人間関係に対して不安を抱いていても相談できる相手がいないということは十分にあり得ます。
したがって、人事との相談の機会を定期的に設け、従業員の不安を都度解消する仕組みを構築することが重要であるといえます。
試用期間中の退職の理由として「思っていた業務と違った」、「会社の雰囲気が自分に合わなかった」等という点が挙げられます。
これらは、本来採用の段階において会社と従業員が認識をすり合わせておく必要があるにも関わらず、事前認識に相異があるまま試用期間を迎えたことが原因です。
このような認識の相違をなくす為には、企業側が会社説明会を定期的に開催し、認識の相違が生まれやすい業務内容や社風について重点的に説明したり、社員との交流や質問の機会を十分に設けたりする等の工夫が必要です。
試用期間中の退職の理由として、業務量が当初の想定と違うというが挙げられます。業務は、個々の能力や経験によってこなせる量が異なるところ、従業員の能力を超えた業務量を割り振ることは、心身ともに多大なる負担を背負わせることに繋がります。
したがって、企業側が従業員の能力を見極め、いかなる業務量であれば十分にこなすことが可能であるか目標設定をすり合わせるのが良いでしょう。
最後に、試用期間中に解雇をする場合の注意点について、3つ解説していきます。
冒頭で触れましたが、試用期間中の契約関係は、「解約権留保付労働契約」が成立していると解されています(三菱樹脂事件―最大判昭和48年12月12日)。
また、同判例によれば、「留保解約権に基づく解雇(試用期間中の従業員に対する解雇)が通常の解雇とは異なる性質を持つものであるとされています。
前者については、企業側が社員の適性などを判断し、通常の解雇「よりも広い範囲で解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない」としています。したがって、試用期間中の解雇は、通常の解雇の場合よりも比較的緩やかに認められることとなります。
一方で、本採用を拒否することができる場合は、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものとされています。
試用期間における解雇は、企業側としても本採用への努力が一定必要とされます。本採用にあたっての指標を言語化し、できる限り客観化しておくことが重要です。
また、改善を促す場合には、改善事項を明示し、具体的な方策を示しつつ従業員に提示し、客観的な観測ができるようにする必要があります。数値目標を課す場合には、本人の現状の業務内容や勤務状況に照らし、実現可能性があるものをすり合わせておくことが重要です。
こうした企業努力があってもなお、本採用に向けた企業のリクエストに応えられない場合には、本採用を拒否することがやむを得ないといえるでしょう。
具体的には、何度注意しても欠勤や遅刻を繰り返す場合、履歴書等に経歴の詐称がある場合、あるいは会社が本採用のためにクリアすべき事項を明示し、改善すべき事項がある場合にその改善のために伴走するような協力をしているにもかかわらず、それを改善する姿勢が客観的にみられないような場合などは、解雇が認められるケースであると考えられます。
従業員を解雇する場合、まず、使用者は当該従業員に対し、少なくとも30日前に解雇の予告をしなければなりません。
もし30日前に解雇予告をしなかった場合、30日分以上の平均賃金を当該従業員に支払う必要があります(労働基準法20条1項)。もっとも、一定の場合には解雇予告が不要となるため、確認が必要です。
また、解雇予告の後、解雇される従業員から解雇に関する証明書の請求を受けた場合、使用者は当該従業員に対し、遅滞なく解雇予告通知書を交付しなければなりません(同法22条1項)。
本記事のポイントは、次のとおりです。
愛知県弁護士会所属。旭合同法律事務所に所属しながら、事業会社の法務部に出向。企業法務に関心があり、取り扱い分野は戦略・政策渉外、コーポレートガバナンス、内部統制、M&A、ファイナンス、AI、Web3.0、SaaS、人材プラットフォーム、航空・宇宙、データ法務、広告法務、エンタメ、消費者被害、相続、破産・再生など。学生時代は法律問題を取り上げるメディア運営会社にてインターンを経験し、現在もWEBメディアにて執筆活動を続ける。詳しいプロフィールはこちら:https://asahigodo.jp/lawyer-introduction/kawamura-masaki/