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令和5年10月1日から適格請求書等保存方式、いわゆるインボイス制度が施行されました。
様々な団体による反対運動などもありましたが、現在、各事業者において、実務運用が進んでいます。その中で、インボイス対応における請求書等の記載要件の確認や、電子帳簿保存法との兼ね合いから、経理業務のDX化の過渡期において苦慮している企業もいます。
そのため、インボイス対応をしないという判断もありうるかもしれません。
今回の記事では、インボイス制度の概要をおさらいしつつ、インボイス対応をしない場合のデメリットや、立場ごとの違い、インボイス対応が不要と考えられる場合、インボイス対応における経過措置などに関して、幅広く弁護士が解説していきます。
まずはじめに、インボイス制度の内容のポイントを整理します。
インボイス制度とは、「インボイス」と呼ばれる一定要件を満たした請求書を受け取った事業者に対し、仕入税額控除を認める制度です。
インボイスを発行できるのは、所轄の税務署にインボイス発行事業者としての登録申請を行った事業者であり、その申請は任意となっています。
仕入税額控除とは、売上税額から仕入れ等にかかった消費税額を差し引いた差額分を増税する仕組みです。
上の図では、事業者が飲食店を営んでおり、食材の仕入れに5,500円 (うち消費税500円)、売上代金として11,000円(うち消費税1,000円)である場合を想定しています。
この場合、仕入時に支払った消費税500円が差し引かれる額となります。
したがって、売上時に受け取った消費税1,000円から、仕入時に支払った消費税500円を差し引いた差額500円が納税すべき消費税となります。
消費税に係る仕入税額控除の処理をするために、インボイス登録が必要となります。
適格請求書(インボイス)とは、売り手が買い手に対し、正確な適用税率や消費税率等を伝える書類やデータです。
適格請求書に記載すべき事項は、下記の6点です。
電子帳簿保存法とは、所得税、法人税、そして消費税の税務関係帳簿書類のデータ保存を可能とする法律です。同法は、取引情報を含む電子データをやり取りした場合の、当該データに関する保存義務や保存方法等について定めています。
電子帳簿保存は、①電子帳簿等保存、②スキャナ保存、③電子取引といった3つの区分に分けることができます。
③電子取引の保存に関しては、一定の要件を満たすことで、国税関係書類もデータ保存することが可能となります。したがって、インボイスとの関係では、③電子取引の保存に関する区分が問題となります。
インボイスは、電子データのみならず紙での発行・受領も認められていますが、インボイスを電子データで提供・受領する場合には、当該データは電子取引データとして扱われます。
そのため、インボイス書類の保存は、電子帳簿保存法に則った形でなければなりません。具体的には、下記の対応が求められます。
保存要件は、真実性の確保と可視性の確保の2つが必要です。
真実性の確保に関しては、インボイスを電子データで保存する場合、作成後に当該保存データが改ざんされることを防止する必要があります。下記4つのいずれかの措置を行います。
可視性の確保に関しては、次の3つのいずれかの形での運用を行う必要があります。
※自社開発のプログラムを使用する場合に限られます
法人の場合、電子データをその事業年度の確定申告書の提出期限の翌日から7年(最長10年)の保存が必要となります。一方、個人事業主は、原則5年(最長7年)の保存が必要です。
では、インボイス制度に対応しないと、どのような状況に置かれるのでしょうか?
インボイス事業者に登録しなければ、買い手側は仕入税額控除ができません。
物やサービスを仕入れたものを卸売り、あるいは仕入れたものをベースにサービスを構築して顧客に提供する場合には、自分の仕入れに対して支払う消費税分と顧客に提供した商品やサービスに係る消費税分の両方を、消費税として申告・納付が必要です。
その結果として、消費税分を二重に負担しているような状況になります。
売り手側の事業者は、インボイス登録をしていないと、値下げ交渉をされるおそれがあります。
二重負担を回避したい買い手側の立場からすると、消費税の申告・納税が必要となる場合には当然インボイス対応するため、仕入先からインボイスの発行を希望します。
そして、もしも仕入先がインボイス登録をしていない場合は、消費税込みで仕入れ代金を支払っていることに対して、その分をカットしたいというニーズが生まれます。
そこで、買い手側から売り手事業者に対して、値下げ交渉をしてくる可能性があるのです。
今までは、こうした交渉をしなくても、買い手側は仕入税額控除をすることができ、売り手事業者も免税事業者であれば、消費税を上乗せして支払ってもらっていた分は消費税として申告・納税の必要がありませんでした。
しかし、インボイス制度により、買い手側が仕入税額控除をできない状況になると、消費税分が上乗せにならず、いわゆる内税の形になる可能性があるのです。
また、値下げ交渉に応じない場合には、売り手側の事業者は取引先から取引の継続を見直される可能性もあります。
既に述べたような、消費税分の二重負担が回避できなくなるためです。
このような状況の段階的措置として、インボイスに登録しない事業者との取引においても、仕入税額控除が部分的に認められる経過措置などはあります。
また、買い手事業者が仕入先がインボイス登録をしていないこと、あるいは消費税分の上乗せについて減額交渉に応じないことを理由に取引停止をした場合には、下請法違反に該当するリスクもあります。
そのため、取引の継続が見直されるような不利益は、今後すぐには起こらないものと考えられます。ただし、免税事業者としても、段階的にはインボイス登録に向けた検討をしていかなければ、今後の取引先との契約が危ぶまれるリスクもあるでしょう。
上記のようにインボイスに対応しないことによるリスクは様々ありますが、立場ごとに異なるため、改めて整理していきます。
まず、「売り手」なのか「買い手」なのかによって異なります。
買い手側としては、まず自分がインボイス登録をしていないことで、仕入税額控除をできるかどうかが決まるという点が挙げられます。
また、仕入れ先がインボイス登録をしているかどうかという点では、仕入税額控除の有無によってコスト最適化するため、インボイス登録事業者との取引をしていく必要があります。
一方、売り手側としては、自らのサービスにおいて仕入れがないのであれば、インボイス登録を行う必要性はありません。
しかし、取引先との取引継続などの観点から、インボイス登録をしていないと不利益が生じるおそれがあります。
そして、「課税事業者」か「免税事業者」であるかによっても違いが生じてきます。
例えば、売り手側も買い手側も事業者として免税事業者であれば、お互いに消費税の申告・納税の必要がないため、インボイス登録をするメリットがなく、対応の必要がないとも考えられます。
反対に、お互いに課税事業者であれば、お互いにインボイス登録をしていなければデメリットが発生するため、インボイス対応をすべきであると考えられます。
そして、売り手側が免税事業者で買い手側が課税事業者の場合、買い手側の仕入税額控除のニーズと、売り手側にとっての免税事業者としての「うまみ」が相対立し、インボイス対応について、お互いに交渉が必要となってきます。
取引自体が消費税の「課税取引」か「非課税取引」かによっても、対応が変わってくる可能性があります。
非課税取引であれば、消費税の問題は生じないことから、特にインボイス対応について考慮する必要がなくなります。
インボイスに対応していないと、上記のような不利益が発生する場合があります。
一方で、通常行っている取引の相手方が次のような場合には、インボイス対応をしなくてもよいと考えられます。
売り手側からみて、買い手側が免税事業者であれば、すでに述べた通り、お互いに消費税の申告・納税については義務がありません。
そのため、現状においてはインボイス対応を行う必要性がありません。
そして、取引が消費税の非課税対象である場合においても、不要であると考えられます。
インボイス制度は、消費税の申告・納税義務を負う人が仕入税額控除などを行う場合に必要となるものです。
そのため、消費税の申告・納税義務を負わない一般消費者のみとの取引である場合には、インボイスの発行を求められることはないと考えられます。
もっとも、一般消費者を相手方とする取引であっても、消費者が所属する勤務先からみて、当該取引が経費処理可能である場合に、立替経費精算などに際してインボイスが必要となる場合も考えられます。
その場合、消費者を介して、売り手事業者に対してインボイスの発行が求められるため、この点に留意が必要です。
インボイス対応においては、インボイスの発行と仕入税額控除を行うために仕入先から適格請求書を受領するという2つの側面があります。
後者の観点からすると、仕入れがない場合には受領におけるインボイス対応は考慮する必要がないことになります。
インボイス制度の登録申請をするには、まず事業者が「適格請求書発行事業者の登録申請書」を税務署に提出する必要があります。
その後、税務所が提出された申請書をもとに審査を開始し、審査に問題がなければ事業者に「登録番号通知書」が交付され、登録が完了します。
令和5年10月1日から施行された後、事業者ごとの状況によって、直ちにインボイス対応ができない場合の経過措置や導入支援がなされています。
免税事業者の場合、インボイスを発行することができません。
この場合、売り手側は仕入税額控除をすることができないため、取引自体を見直される可能性が生じます。このような事態を避けるべく、免税事業者が課税事業者になる(すなわちインボイス発行事業者になる)ケースがあります。
一方、免税事業者から課税事業者になると、これまでは不要であった消費税の申告や納付が必要となり、事業者の負担が増加することになります。
このような負担を軽減すべく設けられたのが、納税額を売上額の2割に軽減する経過措置です。この経過措置は、インボイス制度の導入(2023年10月)から6年間認められており、3年ごとに控除可能な割合が変動します。
具体的な経過措置の期間や控除可能な割合は、下記のとおりです。
なお、仕入税額控除の経過措置を受けるためには、下記の2点が必要となるので留意しておく必要があります。
中小企業・小規模事業者等に対し、インボイス制度に対応した会計ソフト、受発注ソフト等の導入を支援するためのIT導入補助金があります。
IT導入補助金は、インボイス制度に対応した企業間取引のデジタル化を推進することを目的として設けられました。
補助金の受け取りには申請が必要であり、年度ごとに申請の締め切りが定められているため、申請期限には注意する必要があります。
また、免税事業者から課税事業者(インボイス発行事業者)となる事業者に対しては、持続化補助金の補助上限額が一律50万円上乗せされます。
令和6年税制改正に伴うインボイス制度によって、次のような見直しがおこなわれました。
「令和6年度税制改正の大綱」が閣議決定されたことに伴い、仕入税額控除に係る帳簿の記載事項が見直されることとなりました。
「令和6年度税制改正の大綱」に記載された上記見直しは、下記のとおりです。
「一定の事項が記載された帳簿のみの保存により仕入税額控除が認められる自動販売機及び自動サービス機による課税仕入れ並びに使用の際に証票が回収される課税仕入れ(3万円未満のものに限る。)については、帳簿への住所等の記載を不要とする。」
自動販売機特例及び回収特例が適用される取引であって、その取引額が3万円未満のものである場合には、住所又は所在地の記載が不要となります。
また、簡易課税制度等について、下記のとおり見直されました。
「その課税期間の初日において所得税法又は法人税法上の恒久的施設を有しない国外事業者については、簡易課税制度の適用を認めないこととする。また、適格請求書発行事業者となる小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置の適用についても同様とする。」
また、所得税法又は法人税法上の恒久的施設を有しない国外事業には同制度の適用を認めず、適格請求書発行事業者になる小規模事業者については、税額控除に関する経過措置の適用について簡易課税制度の適用を認めないものとされました。
簡易課税制度の見直しは、令和6年10月1日以降に開始する課税期間から適用されます。
その他、仕入税額控除に関して次のような見直しも図られました。
「適格請求書発行事業者以外の者から行った課税仕入れに係る税額控除に関する経過措置について、一の適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れの額の合計額がその年又はその事業年度で10億円を超える場合には、その超えた部分の課税仕入れについて、本経過措置の適用を認めないこととする。」
適格請求書発行事業者以外の者から行った課税仕入れにかかる税額控除に関する経過措置について、一定の金額を超える場合には、その超過部分の課税仕入れについて、経過措置の適用を認めないとされました。
この点に関する見直しは、令和6年10月1日以降に開始する課税期間から適用されます。
「簡易課税制度又は適格請求書発行事業者となる小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置を適用する事業者が、令和5年10月1日以後に国内において行う課税仕入れについて、税抜経理方式を適用した場合の仮払消費税等として計上する金額につき、継続適用を条件として当該課税仕入れに係る支払対価の額に110分の10(軽減対象課税資産の譲渡等に係るものである場合には、108分の8)を乗じた金額とすることが認められることを明確化するほか、消費税に係る経理処理方法について所要の見直しを行う。」
また、課税仕入れの金額の明確化及び、経理処理方法の見直しも行われました。
すなわち、一定の事業者が行う課税仕入れについて、仮払消費税等として計上する金額につき、一定額を乗じることが可能であることを明確化することが定められたほか、経理処理方法についても見直しが図られることとされました。
上記のような様々な施策に留意しつつ、インボイス対応を検討していくことが重要です。
本記事のポイントをまとめると、下記3つです。
インボイスの対応をやらないで損をしないよう、適切に導入していきましょう。
愛知県弁護士会所属。旭合同法律事務所に所属しながら、事業会社の法務部に出向。企業法務に関心があり、取り扱い分野は戦略・政策渉外、コーポレートガバナンス、内部統制、M&A、ファイナンス、AI、Web3.0、SaaS、人材プラットフォーム、航空・宇宙、データ法務、広告法務、エンタメ、消費者被害、相続、破産・再生など。学生時代は法律問題を取り上げるメディア運営会社にてインターンを経験し、現在もWEBメディアにて執筆活動を続ける。詳しいプロフィールはこちら:https://asahigodo.jp/lawyer-introduction/kawamura-masaki/