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近年、大企業のみならず、中小企業、ベンチャー・スタートアップ企業において法務人材の需要が高まっています。
社会の構造の変化や多様化に伴い、先端事業の推進や新規事業の開発が進む中で、規制との向き合い方やルール形成へのニーズ、コンプライアンスやガバナンス強化のニーズが高まっています。
そうした実情の中で法務の重要性が注目される一方で、従来から、法務人材が社内の様々な業務をまたぎつつ対応するような「一人法務」の実情があります。
本記事では、弁護士が一人法務とはどのようなものか、業務内容や魅力、求められるスキル、一人法務における課題からキャリア例まで幅広く解説していきます
そもそも、一人法務とはどのようなものでしょうか。
一人法務とは、社内の法務担当者が一人しかいない状態、もしくは実質的に法務担当者が一人の状態にある法務担当者のことです。
小規模な企業においては、法務人材に割くリソースが不足しているケースが多々あることから、社内の法務業務を実質的に一人で担っている法務担当者が存在します。
一人法務は、「専任法務」と「兼任業務」に区分されます。
前者は法務担当者が法務業務のみを行う場合を指し、後者は経理や採用等、他の業務と兼任して法務業務を行う場合を指します。
株式会社インフォマートが2021年3月に法務担当者を対象として行った調査によると、企業の5社に1社が一人法務であり、一人法務であると回答した者のうち7割以上が「兼任法務」であることがわかりました。
また、株式会社リーガルフォースが2022年に法務部と法務業に携わった経験のある者500人を対象にした調査では、31.8%(159名)が他の業務と兼任しているとの結果となっています。
設立年数が浅く少人数精鋭で会社を経営するスタートアップ企業やベンチャー企業、その他小規模な企業においては、従業員数が比較的少ない傾向にあることから、法務担当者が担う業務が兼任になる可能性が高いといえます。
参考:株式会社インフォマート 法務担当者に聞いた!法務担当が抱える課題
株式会社LegalForce 企業法務の実態調査(2022年6月実施)
一人法務の業務は、会社の規模や業界により差はありますが、一般的には下記のとおりです。
盛んに取引が行われる企業においては、契約書の作成・レビューは日常的な業務であり、法務の中心的な業務であるといえます。
また、社内において生じた問題や、これから生じる可能性のある問題の予防の為に社内で法律相談を行うことも重要な業務の一つです。
近年では、ビジネスのグローバル化やイノベーションの加速に伴いコンプライアンスに重きを置く企業が増加しています。
したがって、社内規定の作成・コンプライアンスチェックは最重要課題であり、会社の将来を左右しかねない重要な業務です。
その他にも、訴訟対応や株主総会の対応等、法務の業務は多岐に渡ります。
一人法務においては、どのようなスキルや資質が求められるでしょうか。
一人法務は、他部署や社外の弁護士等との連携のもと業務を進めることが多いため、コミュニケーション力が求められます。
法的問題点を単に処理するのみならず、問題を的確に伝え、課題解決のために協力してこそ真の問題解決が図られます。これらの前提となるのはコミュニケーション力です。
法務という事業の基盤であり、経営層とも近く、現場との連携も高く要求される一人法務にとってはとりわけ重要なスキルであるといえます。
オーナーシップは、様々な意味づけが考えられますが、一人法務を経験した筆者の経験に基づく1つのポイントとして、「案件に対して当事者意識を持ち、1つ1つ判断に対して責任を持つようなマインドセット」であると考えています。
キーワードは、当事者意識と責任感です。
法務業務においては、様々な判断が求められます。案件ごとに問題点を抽出し、それぞれに対してリーガル面の最適な対応策と、リスクテイクができるのかどうか、リスク低減策としてどのようなものが考えられるかという判断をすることが求められます。
とりわけ一人法務の場合、そうした判断に際して、他に判断を委ねることは困難でしょう。
外部の顧問先の法律事務所などに対して、アドバイスや専門的な知見によるオピニオンを求めたとしても、ビジネスサイドとしての判断は社内の法務部のジャッジが最も影響を与えます。
そうした意味で、他責ではない当事者意識とともに、判断に対する責任感が強く求められるといえます。
一人法務は、文字通り一人で社内全体の業務やオペレーションに対してハンドリングをしていくことから、業務過多が避けられません。
そのため、すべてをこなしていくことは不可能に近いですが、逆に業務効率化を常に意識しなければ、法務業務として最適なパフォーマンスが発揮できません。
業務効率化は、業務プロセスや作業の省力化のみならず、適切な優先順位付けやタスク管理といった点も含まれます。
しかし、業務効率化を突き詰めたとしても、それ自体が目的化してしまうリスクもあります。
一定の業務効率化はしつつ、むしろ優先順位とリソースの把握や、タスク管理を綿密に行うことで、業務進行のメリハリをつけることにつながるでしょう。
こうした一人法務において、キャリアや業務としてどのような魅力があるでしょうか。
法務の仕事は多岐に渡り、一人法務となると、その全てを一人で賄う必要があります。
契約書一つをとっても、民法や会社法という基本的な法律に加え、建築基準法や児童虐待防止法等、業界に応じた特殊な法律が組み込まれ、それらのタイムリーな情報更新が必要です。
法務は会社の意思決定にとって重要な役割を果たす部署であり、極めて慎重かつ迅速性のある業務が求められるため、たとえ一人法務だとしても、自らが業界に応じた専門的な法律を駆使し、時に生じるイレギュラーな問題に対処しながら、スピード感を持って業務に励まなければなりません。
扱う法律や業務内容が多いからこそ、法務が多数いる会社と比較して、スキルアップが格段に早いといえるでしょう。
一人法務は、法務業務のすべてを一人で担う分、日常的な業務判断における裁量が広いといえます。
法務の人数が5人以上いるような一定の規模のある会社では、上司の指示の下業務を遂行する必要があるため、必ずしも自分の思うように仕事ができるとは限りません。
しかし、一人法務であれば、業務の遂行方法や法的判断を下す場面等において広い裁量が認められるため、裁量を重視する者にとって一人法務は魅力的であるといえます。
法務といっても、その業務内容や扱う法律の種類は非常に多岐に渡ります。
法務は一般的に、契約書レビューや社内規定の作成等の業務を担いますが、法務が多数いる企業においては、業務を細分化し、一人ひとりに役割が与えられます。
他方、一人法務では、生じた課題や日常的な業務の全てを自分一人で担う必要があることから、あらゆる法務業務を経験することが可能です。
このような経験は、自身のスキルアップにも繋がり、今後のキャリアアップを目指すうえで強みとなり得ることでしょう。
一人法務には上記のような魅力がある一方で、悩みどころも多いです。
一人法務は、法務業務を実質的に一人でこなしていることから、その課題は業務量の多さにあります。
上記のとおり、一人法務の約7割が法務業務以外にも経理や労務等の業務を兼任しているという調査結果が出ており、一人法務の業務量の多さがうかがえます。
法務は迅速性が求められる一方、業務を遂行するのは実質的に一人であることから、法務担当者の負担が重くなる点が課題です。
法務が担うリーガルリスクの判断は、障壁がないところで事業に歯止めをかける要素もあれば、見落とすことで大きな落とし穴にはまり、事業の存続に影響を与えるような場合もあります。
リスクの特定と評価において正確性も求められながら、事業へのインパクトの程度に差があるリスクや、ビジネス上のリスクと区別することにより、事業を進めるための大胆な判断も必要です。
そのためには、1人の経験や知見のみならず、より多くの人の知恵を結集して判断すること適切であるという側面があります。
一人法務の場合、そうしたリーガルリスク判断が属人化してしまうことが否めません。
リスク判断が属人化した結果、一人法務の担当者が気づかず見落とした点があると、リスク回避が困難になるおそれがあります。
業務の処理が属人化することで、一人法務でこなしていた担当者が退職などして抜けた場合に、そのままだと従前の業務フローの再現性が低くなる可能性があります。
また、業務処理のフロー化やナレッジの蓄積と可視化をしておかない場合、リーガルリスク判断の材料が突然なくなる可能性もあります。
そして、業務が属人化して、一人法務の担当者以外の人材が新しく業務に参画したとしても、オンボーディングに時間がかかり、結局元の一人法務の担当者に依存してしまい、業務過多の状況から抜け出せない悪循環を生むかもしれません。
こうした一人法務の課題や、昨今の社会状況などを踏まえて、これからの一人法務に求められるポイントをいくつか紹介していきます。
法務は、社内規定や契約書の作成・チェック、紛争の解決や株主総会の開催等、その業務は多岐に渡ります。
そして、その業務のいずれもが会社の将来を左右し得る重要なものであり、法務が果たすべき役割の重要性は計り知れません。
法務は、その役割の重要性ゆえ、一つひとつの業務に時間がかかるのもまた事実です。
たとえば、株主総会の開催にあたって作成される招集通知の作成、契約書の文言チェック、判例の調査等です。
これらは、一つのミスが致命的な損害となり得ることから、特に慎重な作業が必要となります。しかし、その業務の全てを法務が行うことは、時間的な制約がある下では非常に困難を極めるでしょう。
そこで、書類に誤字や脱字がないか、必要とする書類はどこに格納されているか等、単なる事務作業的なことはAIに任せることで、その作業効率は飛躍的に上昇します。
たとえば、契約書レビューをAIが行うサービスを導入することで、これまで人間が何重にもわたりチェックを行っていた作業が不要となります。また、契約書管理を一元的にクラウド上で管理するサービスを導入することで、膨大な書類の管理・書類を探す時間が大幅に減少するでしょう。
この他にも、契約書のひな形を提供するサービスを導入することで、スピード感をもって契約を締結することが可能です。
上記のとおり、一人法務においては業務効率化を突き詰めていくことが重要です。そして、効率化においては、業務効率を上げるためのPCテクニックやツールの活用もありますが、業務リソースや優先順位の付け方が根本的に重要です。
業務リソースへのこだわりは、自分のキャパシティを正確に把握することに尽きますが、基本的かつ簡単なようで難しい点でもあります。
まずは、1つ1つのタスクの処理スピード・所要時間の計測が必要です。また、タスク分解の精度を高め、適切に業務リソースを配分していくきましょう。
そして、キャパシティを超える部分について、的確な専門家などに対してアウトソーシングしていく能力が求められます。
アウトソーシングにおいては、自社の状況や1つ1つの案件の背景、社内の方針や目的などを正確に把握し、引き出したいアウトプットのイメージも明確にして伝えることがポイントです。
ビジネスのグローバル化やイノベーションの加速等、時代は目まぐるしい変化を遂げています。
時代の変化に翻弄されず、持続可能な経営を可能とするためには、法務がビジネス的視点を有することは必要不可欠の要素です。
これまでは、法的知識を豊富に有することが社内の評価に直結していた面がありますが、単に法的知識が豊富というのみでは、これからの時代を生き抜いていくことは難しいでしょう。法的観点からのみのアドバイスは、経営者の希望と合致しなかったり、時にはビジネスそのものを停滞させたりすることもあります。
法的な知見や考え方から導かれる結論をもとに、その一歩先として、どのようにリスクをとることが最適であるかの判断を支援することが重要です。
そのためには、ビジネス的視点で経営者との間で建設的なコミュニケーションを図り、スピード感を持ってビジネスを進めていくべく、まずは経営者が描いている戦略を理解する必要があります。
その上で、ビジネスに内在するあらゆるリスクを多角的な視点から検討し、個々のビジネスに合致した具体的な案を出すことができれば、経営者のパートナーとして、ともにビジネスを進めていくことが可能となります。
ビジネス的視点は、持続可能な経営のために法務が養うべき最も重要な要素の一つです。
最後に、一人法務としてキャリアアップしていくためのポイントを3つ紹介していきます。
1つは、日々の定型的なタスク・業務だけでなく、より経営層が考えていることや会社全体の戦略や方針から逆算して課題を抽出し、半年から1年単位のプロジェクトの推進に挑戦していくことです。
一人法務の場合、まさに日々の法務相談や契約書レビューなどの対応に終始してしまいやすいでしょう。
もちろん、法務組織の立ち上げ段階においては、そもそもそうした雑多の法務相談に対して安定的に打ち返せるような足場を築いていくことも大切なステップです。
もっとも、法務が企業の競争力を支えていく源泉となっていくためには、より経営戦略レベルのイシューにアプローチして業務に取り組んでいく必要があります。
多くの企業では、定型業務に法務を位置づけているか、そもそも法務基盤自体が確立されていないため、より法務の知見を結集して法的な観点で正解がない部分において、解決策を立案して実行していくことで、競争力が高まる可能性があるのです。
2つ目は、法務パーソンのコミュニティに参画し、情報収集をしていくことです。
一人法務の場合、どちらかというと業務過多で常にアウトプット中心の日々になりがちです。
そのため、日々の業務におけるアウトプットに対してフィードバックを得る機会が少ない実情があります。
また、業務におけるナレッジも蓄積しにくく、他の人の知見や経験から学ぶ機会も多くはありません。
そこで、法務人材が集まるようなコミュニティに所属することがおすすめです。
おすすめは、法務互助会というコミュニティです。大企業から中小企業・スタートアップ企業まで、また弁護士有資格者であるかどうかを問わず、様々な法務人材が集まり、知見共有、相談、イベント開催などを通じた交流を図ることができます。
3点目に、業務外でも積極的に発信をしていくことです。
日々の法務業務におけるアウトプット、そして先ほど解説したようなインプットとともに、得られた気づきや発見が重要です。
そうした気づきや発見は、中に留めておくだけでは蓄積されず、いつしか忘れてしまうことになりかねません。
SNSやnoteなどを通じて、自己満足的なものであるとしても書き出すことによってストックされていきます。
また、発信に対して、フォロワーからのフィードバックを受けることができる場合もあります。そうした循環作用を生んでいくことにより、キャリアアップにもつながっていきます。
本記事をまとめると、以下のことが言えます。
愛知県弁護士会所属。旭合同法律事務所に所属しながら、事業会社の法務部に出向。企業法務に関心があり、取り扱い分野は戦略・政策渉外、コーポレートガバナンス、内部統制、M&A、ファイナンス、AI、Web3.0、SaaS、人材プラットフォーム、航空・宇宙、データ法務、広告法務、エンタメ、消費者被害、相続、破産・再生など。学生時代は法律問題を取り上げるメディア運営会社にてインターンを経験し、現在もWEBメディアにて執筆活動を続ける。詳しいプロフィールはこちら:https://asahigodo.jp/lawyer-introduction/kawamura-masaki/