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「管理職なのに残業代が出ないのはなぜ?」「管理職でも残業代をもらえるケースはあるの?」といった疑問を抱えている方は少なくありません。
管理職は一般的に残業代が支給されないイメージがありますが、実際には労働基準法上の「管理監督者」に該当するかどうかで判断されます。
一見、単純な問題に思えるかもしれませんが、管理職の残業代は労働基準法や裁判事例など、複雑な法的解釈が絡むため、多くの企業が頭を抱えている課題です。
本記事では、管理職の残業代に関する基本的な考え方や管理監督者の定義、残業代が支払われないケース、違法事例、対処法について解説いたします。
管理職の場合、残業代が出ないことが一般的です。しかし、管理職だからといって、必ずしも残業代が出ないわけではありません。
残業代の支給は、その人が労働基準法上の「管理監督者」に該当するかどうかによって決まるからです。
ここでは、管理職の残業代について解説します。
管理職は法律上の明確な定義がなく、各企業が就業規則などで独自に定める役職です。
一般的に部下の管理や業務を監督する立場を指しますが、必ずしも労働基準法上の特別な扱いを受けるわけではありません。
一方、管理監督者は労働基準法第41条第2号にて「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」と定義されています。
労働基準法で定義されている管理監督者と見なされるためには、次の要件を満たすことが重要です。
- 経営者と一体的な立場で仕事をしている
- 出社、退社や勤務時間について厳格な制限を受けていない
- その地位にふさわしい待遇がなされている
引用:しっかりマスター労働基準法「管理監督者編」|東京労働局
管理職が管理監督者の要件を満たしていない場合、労働基準法で定める管理監督者に該当しません。
この場合、労働基準法で定められた労働時間や休憩、休日に関する規定が適用されるため、管理職であっても残業代の支払い義務が生じます。
管理職が管理監督者の要件を満たしている場合、労働基準法で定める管理監督者に該当します。
この場合、労働基準法で定められた労働時間や休憩、休日に関する規定が適用されないため、残業代や休日労働の割増賃金の支払い義務がありません。
しかし、重要な例外として、深夜割増の支払いについては管理監督者にも適用されます。
そのため、深夜(22時から翌5時まで)に労働した場合、管理監督者であっても労働基準法第37条に則り、通常の賃金の25%以上の割増賃金を支払わなければなりません。
残業代の支給がない管理監督者かどうかの判断要素は、次の3つです。
ただし、これらに該当しないからといって、管理監督者として認められるというわけではありません。そのため、これらの要素は管理監督者かどうか判断材料の1つとして認識しておく必要があります。
職務内容・責任と権限において、管理監督者性を否定する要素は次の4つです。
採用 | 店舗に所属するアルバイト・パート等の採用(人選のみを行う場合も含む)に関する責任と権限が実質的にない場合。 |
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解雇 | 店舗に所属するアルバイト・パート等の解雇に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合。 |
人事考課 | 人事考課(昇給、昇格、賞与等を決定するため労働者の業務遂行能力、業務成績等を評価することをいう。)の制度がある企業において、その対象となっている部下の人事考課に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合。 |
労働時間の管理 | 店舗における勤務割表の作成又は所定時間外労働の命令を行う責任と権限が実質的にない場合。 |
引用:労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために|厚生労働省
勤務態様において、管理監督者性を否定する補強要素は次の3つです。
遅刻、早退等に関する取扱い | 遅刻、早退等により減給の制裁、人事考課での負の評価など不利益な取扱いがされる場合。 ただし、管理監督者であっても過重労働による健康障害防止や深夜業に対する割増賃金の支払の観点から労働時間の把握や管理が行われることから、これらの観点から労働時間の把握や管理を受けている場合については管理監督者性を否定する要素とはならない。 |
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労働時間に関する裁量 | 営業時間中は店舗に常駐しなければならない、あるいはアルバイト・パート等の人員が不足する場合にそれらの者の業務に自ら従事しなければならないなどにより長時間労働を余儀なくされている場合のように、実際には労働時間に関する裁量がほとんどないと認められる場合。 |
部下の勤務態様との相違 | 管理監督者としての職務も行うが、会社から配布されたマニュアルに従った業務に従事しているなど労働時間の規制を受ける部下と同様の勤務態様が労働時間の大半を占めている場合。 |
引用:労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために|厚生労働省
賃金等の待遇において、管理監督者性を否定する補強要素は次の3つです。
基本給、役職手当等の優遇措置 | 基本給、役職手当等の優遇措置が、実際の労働時間数を勘案した場合に、割増賃金の規定が適用除外となることを考慮すると十分でなく、当該労働者の保護に欠けるおそれがあると認められる場合。 |
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支払われた賃金の総額 | 一年間に支払われた賃金の総額が、勤続年数、業績、専門職種等の特別の事情がないにもかかわらず、他店舗を含めた当該企業の一般労働者の賃金総額と同程度以下である場合。 |
時間単価 | 実態として長時間労働を余儀なくされた結果、時間単価に換算した賃金額において、店舗に所属するアルバイト・パート等の賃金額に満たない場合。特に、当該時間単価に換算した賃金額が最低賃金額に満たない場合は、管理監督者性を否定する極めて重要な要素となる。 |
引用:労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために|厚生労働省
昨今、管理職としての実質的な権限や責任がないにもかかわらず、肩書だけが管理職とされ、残業代が支給されない従業員のことを名ばかりの管理職と言われています。
名ばかり管理職の問題は、大きく分けて2つです。
名ばかり管理職の問題点のひとつは、適切な賃金や残業代が支払われない点です。
労働基準法では、管理監督者に対して残業代などの割増賃金の支払い(深夜割増は除く)が免除されています。
しかし、店長や課長といった肩書を与えられても、実際には採用や人事評価、労働時間の管理などの権限がなく、一般従業員と同様の勤務体系で働いているにもかかわらず、残業代が支払われないという状況が発生しています。
これは労働者の権利を侵害するだけでなく、長時間労働や過重労働を助長する要因にもなりかねません。
また、管理職に昇進したにもかかわらず、基本給や手当の増額が少なく、残業代が支給されなくなることで、実質的に収入が減少し、一般的な従業員よりも給与総額が低いという逆転現象が起きているケースも起きています。
このように、管理職としての待遇が十分でないケースも少なくありません。
名ばかり管理職のもう1つの大きな問題は、肩書に伴って責任だけが重くなる点です。
管理職という肩書を与えられることで、部下の管理や業績達成の責任を負わされますが、それに見合った権限や裁量が与えられないケースが多々あります。
例えば、部下の勤怠管理や業務割り当ての責任を負わされながら、採用や解雇、評価などの人事権限がない、あるいは予算の決定権がないなど、責任を全うするための手段が制限されている状況がこれにあたります。
これにより、管理職としての役割を果たすことが困難になり、過度のストレスや長時間労働を強いられるかもしれません。
さらに、管理職という立場上、自身の労働時間管理も厳しくなり、残業代が支給されないにもかかわらず、長時間の残業を余儀なくされるケースも少なくないです。
これは、ワークライフバランスの崩壊や健康被害にもつながる深刻な問題でしょう。
名ばかり管理職の問題は、多くの企業で発生しており、裁判でも争われてきました。
ここでは、残業代未払いの名ばかり管理職と認められた代表的な3つの裁判事例を紹介します。
育英舎事件は、札幌地裁で2002年4月18日に判決が下された裁判事例です。
この事件では、学習塾を経営する会社の営業課長が、未払いの残業代などの支払いを求めて訴訟を起こし、裁判所は以下の理由から、原告の営業課長を管理監督者に該当しないと判断しました。
この判決により、企業側は約360万円の未払い残業代の支払いを命じられています。
アクト事件は、東京地裁で2006年8月7日に判決が下された事例です。
この事件では、飲食店のマネージャーが、時間外労働および深夜労働に対する割増賃金の支払いを求めて訴訟を起こし、裁判所は以下の理由から、原告のマネージャーを管理監督者に該当しないと判断しました。
マハラジャ事件は、東京地裁で2000年12月22日に判決が下された事例です。
この事件では、インド料理店の店長が、時間外労働に対する割増賃金の支払いを求めて訴訟を起こし、裁判所は以下の理由から、原告の店長を管理監督者に該当しないと判断しました。
これらの裁判事例から、管理監督者に該当するかどうかの判断には、「①経営への参画度」「②労働時間の裁量性」「③待遇の適切性」の3つの要素が重要であることがわかります。
企業は、これらの判断基準を十分に理解したうえで、適切な労務管理を実施しなければなりません。
名ばかり管理職にならないための対処法は、次の4つです。
名ばかり管理職に該当する場合、最初に検討すべき方法は、企業との直接交渉です。企業によっては労働基準法にある管理監督者の定義を誤解していたという場合もあります。
そのため、自身の立場や待遇について、会社側と率直に話し合うことが問題解決の第一歩となります。
企業との交渉の際に注意すべきポイントは、次のとおりです。
ただし、未払いの残業代などは時効により、最大で過去2年分までしかもらえないため、注意が必要です。
相談しても対応してくれなかったり、交渉が難航したりした場合、次の段階としておすすめなのが労働基準監督署への相談です。
労働基準監督署は、労働条件に関する法令違反を取り締まる行政機関のため、労働基準監督署が企業に対して是正指導することで、状況が改善される可能性があります。
労働基準監督署へ相談する際に意識しておくべきポイントは、次のとおりです。
また、交渉などが難航した場合、労働基準監督署に相談する旨を事前に伝えるのもおすすめです。
こうすることで、企業が態度を変えて、交渉に応じてくれる可能性があります。
労働基準監督署に相談しても状況に変化がない場合、労働組合や弁護士の力を借りることも有効です。
労働組合とは、労働者が団結して労働条件の改善や労働者の権利を守るための団体で、企業に対して団体交渉を実施することにより、問題の解決を図れます。
また、労働基準監督署に相談しても問題が解決しないという場合には、弁護士に相談するのもおすすめです。
弁護士や労働組合を活用する際のメリットは、次のとおりです。
ただし、この方法は他の方法と違って、費用面での負担が生じるため、事前に相談料や成功報酬などについて確認しておく必要があります。
労働基準監督署や労働組合、弁護士にまで相談すると、多大な時間と労力がかかります。企業との交渉で状況が改善されない場合、退職や転職を検討するのも選択肢の1つです。
ただし、退職・転職や踏み切る際は、次のポイントを押さえておかなければなりません。
退職は重大な決断ですが、長期的なキャリア形成やワークライフバランスの観点から、より良い選択となる可能性もあります。
名ばかり管理職となっている場合、これらの対処法を状況に応じて適切に選択し、自身の権利を守るための行動を起こすことが重要です。
管理職の残業代に関する問題は、労働法の複雑さと実務の現実との間のギャップから生じる場合が少なくありません。
管理職であっても、労働基準法上の「管理監督者」に該当しない場合は残業代の支給対象となります。
そのため、企業は従業員の実際の職務内容や権限、待遇を総合的に判断し、適切に対応しなければなりません。
IT企業にて新卒から人事部に配属されて、現在まで5年間働いています。
現役人事ならではの視点で、人事に関する情報を記事にしていきたいと思います。